先日お亡くなりになった、アンパンマンの作者のやなせたかしさんの著書を、亡くなる1か月程前に偶然手にとり読みました。

やなせさんは、とてもご高齢の漫画家ということは知っていて、ずっーと漫画家を続けてこられた方なのだろうと勝手に想像していたのですが、実際には、60才を過ぎたころに、出版社からは、「売れるわけがない!」と言われ続けたアンパンマンが人気をはくし、やっと夢の漫画家となられた方です。

「ぼくらはみんな生きている・・」の「手のひらを太陽に」の作詞をされたのも実はやなせさんです。管理人は今回初めて知りました。売れない頃に自室でライトを自分の手にかざしてみたところ、意気消沈している自分のこころに反して、激流のような勢いで血液が流れていることにハットして作詞されたという事です。

「明日をひらく言葉」PHP文庫には、「仕事と運不運」という章があります。

「生きていることが理屈なしに大切なのです。
きょうまで生きてこられたのなら、少しくらいつらくても、明日もまた生きられる。

そう思って、とにかく生きてみる。そうやっているうちに、次が拓けていくのです。」

やなせさんは、30才~50才までのご自分を、「絶望のトンネル」の中にずっといたと仰います。

「何をするにも臆病で、おずおずと人より遅れる。電車に乗るのも一番あとだし、映画館では席が空いても、すぐに人に座られてしまう。それでいいと思っている。
電車は、立っていても目的地に着くし、映画館で座れなくても、見る映画に変わりはない。」

この一文が性格をよく表しているなと管理人は感じました。戦争体験された方です。生き抜く気迫は備えているけれど、競うことに気が咎めてしまう優しさがある。自分だけがいい思いをしてしまうことを咎める思いがある。自分が得をすることが幸福と信じ込まされている世の中で、ひとのこころを持ち続けると、割の合わないことにもなる。

漫画家としての志しが高かったからこその絶望感と思います。
周りの知り合いの漫画家がどんどん有名になっている。自分には代表作の人気のキャラクターを作ることもできない。自分にはアイデンティティーがない、と暗くなります。

そしてやっと、70才の少し手前でやっと、長い間の願いがかなう。遅咲きも遅咲き。ご自分を評して、「小器晩成」と仰います。

「でも、大器でも小器でもいいじゃないか。せっかく生まれてきたのだ。絶望するなんてもったいない。
なんとかなるさ、と思って必死に生きるんだ。
人生はすてたものではない。やがて道は拓けていく。それが実感だ。」

「悲しみがなければ、喜びはない。 不幸にならなければ、幸福はわからない。
空腹のときのラーメンが、どんなにおいしいものか、不幸続きからのやっとの幸福感も不幸があったから実感できる。

僕らはこのさびしげの人生の中で悲喜こもごもに生きるのだ。そして、一番うれしいのは、ひとをよろこばせることだ。」

良い運気のめぐり合わせまで、じっと時の経つのをまっている時期が人生にはあります。
その待ち時間に、ただ待っていたのではいけません。
雪山で猛吹雪の中、テントで避難している。そのテントで、虎視眈々と頂上を目標に作戦を考えておく。

自分のいい部分をどのようにしたら伸ばしていけるのか、と考える。深く考えなくても思い浮かぶ失敗なら、改善策はわかっているんです。改善しようと強く意識していく。

すると、良くなった時に、とてもとても大きく飛躍できるように人生はつくられています!!