先日、テレビのニュース系の番組を見ていて、「ブラック企業に就職するのは負けです・・」とインタビューにあたりまえのように答えていた方がいて、すこしわたしなりの感想を過去のブログに書かせて頂きました。

確かにブラック企業なる悪質な社員を食いモノにする企業に就職することは避けたい。避ける為に信用情報を調べたり四季報などで経営状況をわたしなりに調べ、当ブログではおすすめ企業を紹介させて頂いています。

さらに採用までのあらゆる場面でその企業を観察していく事で変な企業に入社することは(完全にとはいかないでしょうけれど)避けられるのだと思います。

そうした入社の手前で就職先を選ぶ事よりももっとはるかに以前に、社会や企業そのものをを拒んでしまう傾向が若者にあるのではないか?と私は考えています。思い返せばじつは、私自身にもそんなところがありました。では、いまの若者には何があるのか?とわたしなりに考えました。

何か、ある考え方を信じてしまっている。すると、大事な時期に職に就かないことがアダとなり、長い目で見た時にその本人が「こんなはずではなかった・・」ということにならないかな?と街頭インタビューの若い方の表情と語り口から感じ取りました。

そして、もしかしたら、何かの情報源を信じてしまっているから、そうしたことを確かな根拠のあることとして、自信ありげに語られているのではないか?と考えていたのです。

そうした推測をしながら調べていて1つ発見しました。その1つのヤバイ発信拠点としてこの本がありはしないか?と。そう推察しながら、今回読んでみましたヨ。では、その内容についてみていこうと思います。

この”あ、「やりがい」とか いらないんで、 とりあえず 残業代ください ” という本をわたしなりに簡単にその内容を抜粋しました。以下がそれです。

1.仕事は、従業員が労務を提供し、その対価として企業が給与を支払うことであり、「やりがい」はおまけ程度にすぎません。

2.日本の職場では残業するのがあたりまえ。周囲にあわせる「おつきあい残業」がある。そしてサービス残業を強要している企業が多い。
サービス残業とは、会社が従業員に対して犯している窃盗罪のようなもの。法律を守ることで会社が潰れてしまうのであれば、それはもう潰れるしかない。

3.有給休暇をすべてとれるのは3人に一人。組織内に有給休暇を取らないのが当然という雰囲気がある。しかし、労働法には、雇う側が従業員に対して、取得する権利を却下することは契約違反である。

4.過労死や過労自殺は会社による殺人である。日本では労働犯罪が放置されすぎている。

5.毎日定時で帰宅するような社員に対して、「社会人としての常識がない」と言われることがある。「社会人としての常識」とは、その企業や業界内での暗黙のうちに規定されたローカルルール。

6.日本のサービスは質の高いサービスであっても低価格で提供できるために、安い給与の従業員・アルバイターが割を食っている。アルバイトだろうとお金をもらった以上はプロとしてきっちりと責任を果たすべきという謎の考え方がある。諸外国のような「値段相応」という考え方がない。

7.レールを外れると生き残れない再チャレンジ不可能な日本社会。

8.プライベートを充実させるために、仕事の手を抜こうとする人間は、容赦なく非難されます。

9.社畜=会社と自分を切り離して考えることができない会社員。日本の雇用システムは、会社に一生を保証してもらう代わりに、社畜になることを受け入れるというシステム。

10.「つらくてもいいから、成長したい」という姿勢は、心無い会社や経営者に、いいように利用されてしまう恐れがある。「やりがい」を重視する人が、結果的に働きに見合わない給与で働かされる。自分のしたい成長と、会社が社員に対して求めている成長が、同じ内容である保証はどこにもありません。

11.「従業員は経営者目線が大事」というのは、「割に合わない仕事をやれ」と言われているのと一緒。雇われた従業員に経営者のする仕事を全部まかせて自分はあそんでよう、という魂胆なのでしょうか?

社畜脱出のための8箇条
1.「やりがい」にとらわれるな。好きなこと、すなわち「やりがい」のある仕事を職業にしなければならないと考える必要はありません。

2.つらくなったらいつでも逃げていい。つらくて限界だと思った時には、無理せずに逃げるべき。「つらいけど逃げずにがんばったおかげで成長できた。」という人はほんのひと握りにすぎず、その陰にはつらい状況に耐え切れずに、心や体を壊してしまった人たちがたくさんいます。

3.従業員目線を持ち続けよう。従業員に向けられた「経営者目線」への促しは形だけで、会社にとって都合のいいように作られたものでしかない。雇われは雇われらしく、もらえる給与の範囲内で仕事をすれば、それでいい。

4.会社の人間関係を絶対視するな。

5.会社はあくまでも「取引先」と考えよ。

6.自分の労働市場価値を客観的に把握しよう。自分の労働市場における価値を高めておかなければ、その会社にしがみつく以外の道は絶たれ、会社と対等に交渉することができません。極力市場価値が高くなるような業務選択や資格取得、そして勉強を行っていかなければなりません。

7.負債は極力背負わない。

8.自分の価値観を大切にしよう。

9.まとめとしての結論:「やりがい」を求めるひともいれば、「やりがい」よりも自分の時間やお金のほうを大事にしたいと思っているひともいます。別に、どちらが正しいとかそういうことはありません。「多様な価値観を認める」ようになって欲しいだけです。

おもえば、わたしもこのような考え方をしていた時期があります。中学生とか高校生の頃ならば、です。

ひととおり読んでみての感想は、かなり多くの方がたがこうした社会の矛盾に悩み、悶々(もんもん)とした時期を過ごした経験があるに違いない、ということです。あえて言い切ると、だれでも思春期の頃に通過する問題、社会への眼差しの仕方なのでしょう。

”団塊の世代”という世代、いまは退職されている、高度成長期の日本の原動力となられた方々は、かなりホンキで学生の頃に世の中を変えようとしていた方々なんですよ。お祭り騒ぎのように参加されていた方々も多かったとは思いますが・・・。

この1ヶ月ほど前から香港では大きなデモがありました。じつは、いまから50年ほどまえにはこの日本でも似たようなことがありました。国会議事堂を取り囲み、新宿駅の地下街を若者たちが占拠していたこともあります。

なにがいいたいか?

というと、ひとりで将来の夢は”毎日ゴロゴロ寝て暮らすことです!”というこの本の著者と、実際に国会を取り囲むようなこともしていた過去の日本の若者とでは、思いの強さはかなり違っているのだと思います。語る言葉のホンキ度が違う、ということです。そして、ホンキ度の高かった方々がその後、社会の現実を受け入れたことで日本を経済大国へと押し上げる原動力としての働き手となられたのだと私は思います。

もしかしたら、あなたが10代ならばあなたのおじいさんやおばあさんがそんな日本のその頃を知っているに違いありません。そして、どのようにして社会に出て働いたのか、最初の気分や10年後、20年後の頃を聞いてみるのもいいのではないでしょうか?(つづきます)