管理人は20才代の頃には、世の中や社会の理不尽さに対決していきたいほど嫌悪感を持っていました。中でも差別。日本の国内にあるものに日本人としての恥ずかしさ、イヤが凝縮していた時期があります。実際に、被ってきた方々にお会いして話しを聞く中で、人間のこころそのものの不可解さ、人間の心そのものの有り様に興味が移ります。

心理学などを調べていくと、実はそれまでに調べていた民族問題・少数民族問題の発生してくメカニズムといったものと、ひとりの人間の心に抱える悩みのメカニズムが本質として同じ流れにみえてきました。やはり根っこの問題はココロにある、ココにしかない、という自分の感どころは間違いでなかったと、さらに一層「人の心」に興味が移行していきました。

わたしには阿羅漢と思える方、初期仏教の長老のアルボムッレ・スマナサーラさんのご自身のエピソード。スリランカの大学で教鞭をとったのち、日本に移り住み初期仏教を日本に広め多数の著書を執筆されているアルボムッレ・スマナサーラさんは、ご自身が差別されると自分でも気づかない程に怒りが込み上げて許せない思いになる、と著書に書かれています。

阿羅漢というのは、わたしにはわからない世界です。無常という流れの中で生きている方です。無常ということがどういうことなのかわかりません。悟った人にしかわからない世界がある。想像の域をでませんが、たぶん、ご自身のココロには波がない。完全な静まっている湖面には、あらゆる生命のありよう、ココロのすべてが映って見えている。瞬間瞬間にとてつもない速さで変化しているありようを感じ取っている。

想像の域を出ませんが、たぶん、360℃のどこの誰が、いま何をどのように感じているかが分かってしまっている。実は、管理人は瞑想指導をして頂いたことがあります。自分でもつかみきれない自分の心の動きに、「それはダメ」と、こころを動かさずにカラダの動きに気持ちを集中するように指導されました。一瞬なにかを思ったことがバレいる。もちろん、ご自身のココロの動きもすべて感じ取りながらそれに引きずりこまれない。

明鏡止水の境地にある方でも、差別といったことには、こうしたことがあるのかという驚きと、やはりこうしたことが、人として一番卑劣なことなのだろう、と過去の自分のオモイの有り様が腑に落ちたことがあります。

いつしか、特別な何かの問題から、日常の自分のココロの有り方に興味が移ります。でも、心理学で頭でわかっても、自分のココロは整いません。方法論がない。そこで中村天風さんの方法を知る。中村天風さんのいうこと、精神統一法もかなり難しい。片や、そうした自分の関心ごとに関わらず、生活していく為には仕事をしていかなければならない。

仕事をしていく中での、自分の興味や関心とは違った、些末の関心事ではないことに足を引きずられている自分がいつの間にかそこにある。運もツキもない。日々の仕事に悩殺されるような毎日。いつしか、自分の本来の関心事に手をつけていくこともできなくなっていく。この世を生きていくのはかなりしんどい。

そうした中で、たまたま読んでみたのが、斎藤一人さんの「絶対成功する千回の法則」という、これまでにも何度も紹介させて頂いている本でした。千回の法則の中の「いつのまにか積極的な人間になる方法」という節があります。

「すべからく人間は、無理に自分を変えようとしたり、反省して自分を責めてはいけません。

たとえば、引っ込み思案の人は、ただ、『やってやれないことはない、やらずにできるわけがない。』と声に出してみましょう。不思議な気がするかもしれませんが、それだけでいつのまにか積極的な人間になっているはずです。このように、いつでもどこでも毎日声に出していれば、努力などしなくても自分を変えることができるのです。

お金が無くて貧乏で困っている人なら、『幸せだなあ』『豊かだなあ』と声に出しましょう。そうすればまわりの人たちは、『アッ、コイツは豊かで幸せなんだな』と勝手に思ってくれます。こうして『いっしょにご飯でも食べようかな』という気になってくれるわけです。

『俺はツイていないなあ』『学歴がないから、なにをやってもダメだよ。』

こんな言葉を口にしている人に、いい話をもってくる人はいません。誰だってそんな人には近づきたくないからです。」

この本でわたしが感じたことは、自分自身が幸せになる、なっていく、幸せでいることが、なによりも大切で、そうしたことは口癖で改善の一歩を踏み出せるということでした。書かれていることは、相当に怪しい感じです。「こんなことで?」というようなことばかり。

でも、世の中とか色々なことがうまくいって、喜ばしいことが実現しても、このたったひとりの自分自身が幸せでなかったら、意味がないとも感じていました。「絶対成功」というのも何やら面白そう、なので騙されたと思ってやってみました。

口癖というか、ふだん、無意識に出るコトバって普段意識して注目していません。職場でも、いいコトバを使っている人もいれば、グチのようなことばが多い人もいる。よく観察してみると、楽しげな人はだいたい、前向きな、ひとに優しいコトバを使っている。そうしたことに気づくようにもなりました。そして、自分がこれまでに自分に投げかけていたココロの中で呟いていた言葉は決していいコトバではなかった。

気持はどうでもいい、というのが「できる!」と思えることでもありました。一日30回と決めて、ただただブツブツ言っていく。朝の出勤中、自転車に乗っていると誰も聞いていないので好都合でした。昼休みにトイレで10回、就寝前にも10回。

ちょうど、1か月程して1000回になる頃、なにか心持が変わっている。コトバで表現しにくい感覚です。デフォルトが微笑んでいる状態、といった感じ。口癖には、「うれしい」「楽しい」「ありがとう」「感謝します」「許します」がいいですよ!!

何事もない普通の時にも、自然に微笑んでいる。ほほが緩んで弛緩している。こころはほんのり温かい。

「絶対成功する千回の法則」の引用でおわります。

「『考え方』を変えてから『行動』を変えようとするのはまちがいです。人間というものは、日ごろの行動が変わってくれば話す内容もかわってくるものだ、-この考え方は順番が逆です。

話す言葉が変わってから行動が変わり、病気が治ったり、商売が儲かったりするのです。はじめのうちは、無理に行動することはありません。声に出すだけでいいのです。しかも、その言葉を千回声に出したところから、自分自身や周囲を含めたすべてが変わりはじめます。

臆病でやる気がない人がいたとします。そんな人でも成功したいし、幸せになりたいはずです。ところが、そんな性格の人に『自分をかえなさい』とか『自分を変えるために行動をはじめなさい』といっても無理な話です。できるわけがありません。

それよりも、『力まないで、ただ声に出すだけでいいんだよ』といってあげましょう。

『心を込めて話しなさい』と言われる方も多いと思います。実は、心は伴わなくていいのです。なぜなら、心はやがて伴ってくるからです。放っておいても心は伴ってくるから大丈夫。