いまの仕事はどうなんだろうか?自分がしていく仕事なのか?

先ごろ芥川賞を受賞された又吉直樹さんもいまのように活躍される前には悩まれた。いまの若い方もそんな悩みを抱えていらっしゃるようですね。

仕事の向き不向きといったことを考えていると、湯島鍼灸院の前院長の五味彰先生を思い出しました。(五味彰先生は現在は引退されています。)

五味彰先生は、大学を卒業後に普通のサラリーマンをされていました。その最初の仕事で、「自分には、向いていない。」と思われます。それから、鍼灸の専門学校に通われて、そこで卒業間もないころから生徒に教える程になられました。

鍼灸の専門学校を卒業して学校で教師をしながら、とある鍼灸院で働きます。その鍼灸院で、東大出の傑出した鍼灸師と出会います。その先生の指導を受けることで、五味先生は鍼灸の極意を得ます。

その東大出の先生は、

すごい先生でしたよ。医者が調剤を教わりに来る。

先生は、漢方の処方の仕方を指示していました。

でもあまり有名にならなかった。目立つのがきらいな方で・・・

五味先生は、占いをします。手相などはわたしは見られたことがありません。初診の際に記入する生年月日で見られていると思います。ベッドにうつぶせて待っていると、程なく先生が入られてわたしの頭側に立たれて診断が始まります。

指から気をためて丹田で1つの塊を作り、そのカタチで判定しているのだと、勝手に思っていたのですが、実はOリングで判断していることを最近読んだ書籍で知りました。

不定愁訴のような病は西洋医学よりも中医学がいい、ということは、その頃に知っていましたが、この五味先生は未病も逃さず発見していきます。

わたしは自分で自分の手相をみます。左目が弱っていると手相に出ていました。目が痛む時があったのです。五味彰先生の湯島鍼灸院の初診でベッドに寝ているとわたしの寝ているベットのカーテンを開けてかんたんな挨拶を済ませると問診などせず診断が始まります。なにもお話しないんです。

なにもからだに触れることもせず、なにやらご自分の指に問えかけるようにして検証して診断されるとおもむろに

「左の奥歯の神経が圧迫されていて左目にきています。・・・」

唖然。でもすぐに「そうなんだ・・。」と腑に落ちました。(漫画の世界のようなことが実世界でもタマに出くわす。運がいいと出会えます。)

実は、わたしは先生に除霊をして頂いたことがあります。家族で海の眺めの良い旅館に一泊旅行に行ってから、どうも体調が思わしくない。胃のあたりが強張り体が重い。実は不思議なことも重なっていたので、観て頂くと、2体ついていて取り除きました、と言われました。

いつどのように?ということが全くわからないうちに、です。すると、体が軽くなることを実感しました。

こうしたことを「気のせいでしょう?」とかんたんに片付けたがる方がいます。元気のある無しも「気」なんです。「気が塞ぐ」のも気の問題なんです。強気も弱気も「気」なんです。

気分のいい一日を旅行先などで温泉につかりながら「今日は気分がいい一日だったな・・」という相手に「気のせいでしょう?」と言うでしょうか?

病気が重い方にとって気分がいいことほどいいことはありません。余命わずかでベットで寝たきりの人には「気分はいかがですか?」と気づかうものです。

重病の病人の気分がいい、そうした方の束の間の幸せを「気のせいでしょう?」と言うでしょうか?

「気」なんです。気がよく働いているから気分がいいんです。「景気」が悪いことも良いことも、「気のせいでしょう?」とは言いません。

「気のせいでしょう?」の「気」ってなんなのか?

知ろうとしないひとは簡単に「気のせいでしょう?」で片付けたがります。

方位は大切で、悪い方位に行くと色々なところで拾ってしまう。

仕事で行くのであれば問題はないんです。

という先生の言葉を思い出します。

それでも、仕事でも悪い方位はやはりあまり良くないと管理人は思っています。

五味先生が院長をされていたころ、湯島鍼灸院は「クリスタルルーム」とも表していました。水晶はブレスレットやペンダントとして販売もしていました。購入すると天空のどなたかに願って気をブレスレットやペンダントに込めてから、「守ってくれるといってました。」と言って手渡ししてもらいます。

詳しく知りませんけれど、除霊するときに除霊した霊が居場所を求めて自分につくことがあるのだそうです。除霊者につかれないために水晶を身に付けるようにしているのだと聞いたことがあります。

方位というのは、生まれ月でその年やその月の吉方、凶方を運命宝鑑で簡単に調べることができます。自分の住んでいる場所から南が吉方とか北西は今月は凶方ということがわかります。

平成二十七年運命宝鑑 神明館蔵版―運命学の最高権威三十一師執筆の秘伝書
がとてもいいですし、当たります。もちろん、五味彰先生から「これが一番いいです。」と勧められて知りました。書店にはあまり置かれていません。

この「運命宝鑑」でその年のあなたの運気がわかり、月ごとの運気、日ごとの運勢が書かれています。管理人は、年末に1冊購入することが習慣になりました。

ご自分の向き不向き、性格、性癖、長所、短所なども運命宝鑑で調べるとイイとわたしはおもいます。人間はワケあって転生し、今回も生まれてきたのです。なにかをするために生まれたのです。なにかをしないために生まれたのです。

でも、なにをいつどうのようにしても、しなくっても自由な立場でうまれます。しかし、たぶん死んだあとに生きたことで形作った因によって次の世界の行き場所は決まるのでしょう。

自殺がダメなのは、本人は苦しみから逃れる、幸せを願って死ぬんですねたぶん。でもいまの苦しみよりも一層苦しい処に行くことになります、たぶん。今生で幸せ体験が待ち受けているのに、早合点して終えていきます。

こうしたことには法則というか摂理のようなものがある。だから暦・気学が生まれたのだとおもいます。偶然ではない必然を先人は、あなたのご先祖様は知っていて生活に取り入れていたのでしょう。

ところが、人間社会ではこうした法則や摂理を大切にする時代とそうでもない時代があって、2015年近辺の世界では、おまじない程度で大事に考えられていません。ソコで見誤ります。

この夏休みには旅行される方も多いことでしょう。予約済の方には言いづらい。でも、凶方に行くとたぶん運を落とします。よくないものを拾います。ご本人が知っている知っていないにかかわらず。だから法則なんです。

不慮の事故というのは法則を知っていること、素直に利用していくことで未然に防ぐこともできるのだと私は考えています。

逆に運を上げたい方なら、吉方に行かれることです。こうして吉方に出向いて方位取りをしていくとイイことが起こり出します。吉方とはあなたのパワースポットということです。

この数年わたしは方位取りをしています。吉方へしか旅行しません。そのためでしょうか?悪いことが起こりません。充実している実感があります。

いまわたしたちが口に入れているものの多くは、先人たちの経験から「これはからだにいいよ!」ということが継承された食文化によってもたらされています。日本の伝統食は世界文化遺産に登録されましたけれど、コチラの側なのです。

とっても違和感を感じると思います。でも先人の知恵でのお話しの例を1つ申し上げると、夏バテにはむかしから甘酒がいいと言われています。

甘酒はじつは俳句では夏の季語なんです。真夏の飲み物でした。世界の発酵食品に造けい深い東京農業大学名誉教授の小泉武夫さんもアミノ酸豊富な甘酒は夏バテの特効薬とおっしゃっています。

最近ではマレにスーパーでも真夏に甘酒を置くようになりましたけれど、冬ほどは置かれていません。顧客も知らないし売れないからです。ホントはからだにいいんですけれど・・・。

そのいっぽうで、科学のチカラでおいしいと感じるものや遺伝子組み換え食品などもお店に並べられるように変わりました。あからさまに表示されていません。食用油には大量に使われているでしょうし弁当・惣菜・菓子でも使われているハズです。伝統に基づかない新種の新しい食べ物は未知の食べ物ということもできます。

先人の考え、経験の及ばない未知の食べ物です。からだにいいのかわるいのかは現代人が実験台となってしまっているんですね。(現代人の経験は検証することもなく、積極的に継承はされず、かなり刹那的に私には見えます。)

どちらだけが正しい、とはわたしは考えていません。最新科学が悪の元凶だとは思いません。ただし、先人の英知を古い役に立たないこととしてしまいたくもありません。

五味彰先生は、大学を卒業後に普通のサラリーマンをされていました。その最初の仕事で、「自分には、向いていない。」と思われました。たぶん、間違えたのです。でも五味彰先生はすぐその間違いに気づかれた。

そこから、鍼灸・カイロ・占い・ヒーリング・人生相談をされ成功されました。いっとき、首相官邸にお忍びで招かれていた方です。

もしかすると、ご自分の間違いに気づいていない人がすくなくないのではないか?

と思うのです。

なぜ間違えるのか?

間違いに気づいていないのか?

その原因は、先人たちの経験から「これはいいよ!」と継承されてきたことを軽視してしまった、古臭いことには価値がない、役に立たないということにしてしまったことに大きな原因があるのではないか?と思うのです。

だから、心身の栄養が足りなくなっている。すると、自分に向いていないことを仕事にしてしまうことにもなる。

アンテナの感度がすくない、またはなくなったからなのだとわたしは思うのです。

先人たちの経験・知恵、古典にはそれが継承しづづけられた理由がある。その一方で新しいものこそ価値が有る、新しいものだけに価値が有ると宣伝したいひとがいます。ほとんどそうなんでしょうけれど。

先人たちの経験・知恵、古典を装ったニセもののお金儲けにだまされてもいけません!!