昨日、その学生の頃に油彩を教えて頂いた恩師先生に会いに行きました。平日は、お客さんも少ないのではないかな、という予測に反して、次々と先生のお知り合いの方々がお見えになり、わたしも楽しく歓談してきました。
先生は、電車で偶然隣り合わせた方を個展会場に足を運ばせてしまう、そんなところもあります。

20年ほど前に心臓の病に倒れられそれ以来ペースメーカーを取り付けています。かつては缶ピースを手放さないヘビースモーカーでしたが、それ以来タバコを断って養生されています。その心臓の担当医の方が会場に見えて紹介して頂いたり、曾ての絵画の教え子とも楽しくお話しをされたり。

奥様の介護の事情でアトリエの有った一軒家からマンションに引越しされて、トラック3台分ほどもあるこれまでに描いた作品を保管する場所がない。新潟県には先生の美術館がつくられる予定と聞きました。それでも残りの作品の保管場所がない。

今回の個展では、私たちや知り合いの方々に無償で作品を譲ることがひとつの目的です。その仕事の合間に足を運んでみえた心臓の担当医の方に、「どれでもいいのを持って行ってください・・・」と差し上げる。昔、ある国の大臣であったか大統領であったか大使であったか国の要人に代表作をあげてしまった方です。

実は、この日曜日に私は1度個展に行きました。そのときの会場で、「好きな絵をもっていきなさい。」と言われています。学生の頃に、学祭の展覧会には先生の作品を1つ拝借して一緒に展示していたことがあります。1枚1枚渾身の作品です。学祭での展示の前にご自宅から絵を借り受けて自宅でまじまじと見続けたことがあります。

先生は作品を描くことを「命がけ」と仰います。全人生をかけている。そこで描かれた作品は謎めいた絵です。わからない絵。だから見続けて飽きずに、引き込まれてしまう。「ハイ、頂きます。」と簡単には言えない。わたしはその日は、頂くことなどできないと帰りました。

1日だけのバイト特集

あげても悔いのない、どうでもいいようなモノをあげることなら誰にでもできます。たとえば、使用しなくなった本、買ってみたけれど魅力がないと気にいらない衣服。そうしたものは処分のような感覚で人は手放し、人にあげることもできる。

試行錯誤して、暑さや寒さの中で様々な障害や苦しみの中で、コツコツとやっと生み出された作品。去年とは違った新たな発見をし、新たな冒険をしこれまでにない作品が生まれる。そしてやっと納得のいくモノが現実化できた喜び。そうして自分の思いの籠ったモノをわたしには手放すことはできません。ホントは先生もすべての作品に愛着があり手放したくはないハズです。

行き場のない作品を自分が持ち続ける。この2日ほどわたしは考えました。頂く資格があるだろうか?そして、「頂こう。」と意を変えました。

会場を閉めてから昨夜、在校生と先生とご一緒に夕食を頂きました。「実は、作品の写真を残したい。」と仰います。会場にみえた方が絵葉書にしたい、といっていたこともきっかけにあったのでしょう。わたしは、先生のホンネと受け取りました。そして、撮影をかって今日も会場にこれから行ってきます。