そろそろ受験シーズンも最終局面でしょうか?
わたしは、おおきなくくりで言うと、受験に失敗した方です。志望の大学に入学できなかった。受かった大学には、「行きたくない!」と思っていて、「行かない」ことを親に話していた時期があります。

そこで兄に「臨機応変というのはある・・・」とさとされて、イヤイヤな気持ち一杯で、しぶしぶとダメ出ししていた大学の学生になりました。

就活でも受験でも、そこで「失敗した・・・」と落胆してしまう方は、とても多いのだと思います。

ひとそれぞれではあるのですが、「それだけですべてがおしまい」にはならないんで、そこからやっていくのがイイということをすこしお話しします。

わたしの経験。落胆していた気持ちをどう切り替えたのかは忘れてしまったのですが、入学の前には結構、意気ようようとしていて、では学生時代に何をやろうか?と考えるようになっていました。

色々なクラブの勧誘のある中で文化部の絵を描くクラブに入部していきます。あるスポーツ系のクラブでは、入部時に面接があって、入部できなかったこともありました。そのときは、イヤな気持ちになりましたが、色々と説明会には足を運びました。

たったひとりで学内をさまよう新入学生であったわけです。もともと、油彩に興味があったので、いつかやっていきたいという、ちょっとした気持ちがあっただけです。そのクラブがよかった。

自分に合っていた。付かず離れずといったところがそのクラブにはあって、その距離感が良かった。それでもイヤなところも入部すると知るのですが、イイところも沢山あった。

いまだに気の合う先輩や同期や後輩と連絡を取り合う、そんな気の置けない仲が続いています。

クラブ内の親交に収まらず、他のクラブの同学年の友人や先輩方とも親しくさせて頂いて、いつしか「この大学に入ってよかったナ!!」と思えている自分がいました。結構引っ込み思案なタイプなんです私は。

それでも、入学を機に自分自身を変えることに決めていました。

そこで実行したことはたった1つ。「ひとに会ったら自分から話しかけること!!!」と自分自身に強制していきました。その唯一の行動規範を「自分がたまらないほど好きになる本(自己創造の原則)」という書籍に従って実験していたわけです。

クラブに入ると同期の仲間ができて、休みに寮生活をしている友達の部屋に遊びに行ったり。同年代で同じ時期に受験をしていたやつ達と出会うことで、自分が孤独な存在ではないことを知ったのもその入学間際であったことを思い出します。

結構、受験生活って孤独ですよね。友達がいる中で受験を迎えるひともいると思いますが、わたしはとっても孤独でしたよ。大学に入学すると、寮生活しているクラブの友達の部屋に遊びに行きました。

なにやら、メンタルヘルス系の自己暗示系のCDがあって、その明るい性格の友達にも受験が重くのしかかっていたんだな、俺と同じだったんだな・・・などと感じたこともありました。ソイツは、不動産では有名な建売住宅販売支社で所長をした後、いまは外資系のファイナンシャルプランナーをしています。

いまでも忘れられないのは、その寮生の部屋に入るなり、コタツが立てて点けられていたこと。わたしの常識では「コタツはテーブルにして下に敷き布団を敷いた上に置いて、掛け布団をかけて足をいれるもの」であった。

ところが、タテてストーブにして使ってしまっている、あたりまえのように。「なにやってんの?バッカだな~・・・」と部屋に入るなり大笑したことを思い出します。親交が深まる瞬間です。大学生活でとても面白いことは、全国各地から入学してくる学生がたくさんいることです

関西からも入学してくる。いままででは出会えないような都市や地方から入学してくる学生がたくさんいる。

「立ち食いそばに乗せる具」でコロッケはありなのかダメなのか?といったことでもお国柄や地方の文化の違いがあっておもしろい。関西では、カレーに生卵を入れることがあたりまえで、そばにコロッケは乗せないとか・・。

面白い話しはこちらから話しかけるとどんどん聞ける。沖縄から来た優等生の女性に私の入部したクラブでモデルをして頂いたこともあります。

入部したクラブには絵とは無縁のような先輩がいたりしました。高校生のときには体育会系であった先輩。聞けば、一流大学にボートの成績で入学することにしていたけれど、落ちてしまったのだという。

筋肉モリモリで絵はヘタクソな先輩。そんな先輩は宴会には無くてはならない存在でした。とにかく場を盛り立てることが上手い。話しがつきなくていつも落ちがある。わたしは一気に世界が広がりました。

入学して卒業して社会に出ることをエスカレーターに乗っかっている状態に例えることがあります。エスカレーターに乗っかるような感覚ではなにも得られない。やはり、自分から動き回る、人と話しをしていくとどんどん面白いことに出会えることを学生生活で発見しました。

利害関係がない関係の中には、素を出せる楽しい付き合いが生み出せる。学生時代の友達にはそうした利点があります。中学時代にそうしたつながりがあるならそれを大切にしていく。高校の頃にあるならそこを大切にしていく。

わたしの場合は、大学でやっと息ができるようになりました。自由に振る舞えるのが自分の性格に合っていたからです。

社会に働きに出ると、やはり利害、「損か?得か?」とか「敵か?味方か?」とか「大切にする必要がある関係か?」といったところでの利害を抜きに関わることがどうしても少なくなります。

社会や企業に入ったならば、それでいいんですよ。そうしたことを大事にしていい。社会に出てからも時には、学生の頃に出会ったそうした利害抜きの関係も大切にすると長い人生のどこかで役に立ちます。

職場では言えないことをお互いにフトいう事も出来る。だから、付き合いやすいし、自分に戻ることもできる。普段は誰にも話せないことをクラブの先輩から語られることがある。

いまのこの時期に、やりのこしたことがあるという方なら、また受験しようというのもイイ。

そうしたやり直しをした結果、うまくいかなかったひとなら落胆がとっても大きいだろうと想像しています。それでも、そこからいくらでも人生を育てていける!!ほんとに。

いまの、そしてこれからの日本では、大学の卒業証書1つが絶対的なブランドにはならない、ということを当ブログではたびたびお話ししています。むしろ、学生時代に色々なひとと話しをして吸収していく。

そして、1つなにかに凝ってみる。その1つをやりつくす。そして、どんどん人に関わり話しをしていく。

みんながやりたがらない文化クラブの委員をわたしはやりました。それがよかった。

するといつのまにか大学名のブランディングでは叶わないほど、魅力的な学生になることもできると思います。わたしがどうだったか、他の人の目にどう映っていたかはわかりません。

でもイキイキと生きていたし、どんどん世界を広げていった充実した生活を送ったことだけは自信があります。

「入れた大学がイイ大学」とか「入れた会社がイイ会社」という言葉があります。たんなる気休めに聞こえますか?

わたしはとてもイイことばとココロに響きます。世の中にはあまり広まっていない言葉なんですが、ひとりひとりに向けられたイイことばと感じます。

気持を切り替える。そして「いまのココから何を始めていこうかナ?」と自問してみる。自分を変えることは毎日が戦いかもしれません。脱皮は痛いでしょう?ヒリヒリと。でも一山超えると、楽にできるようになっているんです。

チカラがついたから。若いときというのは、どんどんすぐに身になるんです。3か月程度でどんどん変わっていけます。

そうしていくと、いつか後ろを振り返ったときには、「イイ大学に行っていた。」とか「イイ会社だったな~」とこころから思えるようになるのだと思いますヨ。