とりあえずバイト

年齢が若くて、とりあえずお金が欲しい。
学生さんであれば、学費や欲しいもののため。

やりたいことがはっきりしている方ならば、夢を実現するためにアルバイトをしようという方は多いのではないでしょうか。

バイトやパートの採用では、社員の採用とちがって企業側では採用基準のハードルもグット低く設定されているものです。近頃では会社の業績も上向いてバイトが足りないので、かなりラクラク採用となるハズです。

わたしは以前、店舗のマネージャーをしていたことがあり、アルバイトの採用を担当していたことがあります。

そのころの時給は800円。接客の仕事でしたが、アルバイト採用では、「いい人で休まずにまじめに出勤してくれる人」が採用の条件でした。

この人ならいい、と判断した上で、上司の面接へという流れです。「いい人」というのは、どこかに
何かイイ部分が1つでもあればよかったのです。

私の限られた範囲の経験ですが、アルバイトで働いて、とても会社に貢献してくれた人は、
主婦の方だったり、OL経験者だったりで、社会経験をされている方でした。

その一方で、突然出社しなくなるという人もいて、そういう人はアルバイトの経験も少なかったり、人から言われると機嫌が悪くなるような人でした。

就活のことです。新卒で社員で採用されると、ある程度社員教育がしっかりした会社では、学生気分が一掃される厳しい社員教育が行われます。新人研修では、社会人となってお金を頂くことは、お金を払って学校に行くことと全くちがうことを学びます。

主婦の方にはそうした経験、会社員をされずに結婚される方もいます。わたしの職場にもいましたけれど、よく働いてくれるスタッフさんもいらっしゃった。


主婦のかたは子供を産んで育てていくということをされていた。子育てというのも大変です。ふつうの人生でもっとも大変なこと。主婦の方にもそうした厳しさを乗り越えてきた経験がありますね。なので、お金を頂く厳しさにも耐えることができる。

スーパーのレジ係で、「研修中」のワッペンをしている人を見かけることがあります。
そうしたレジはなかなか進まなかったりするものです。不慣れなので1つ1つの動作に時間がかかります。私は待つ方なのですが、急いでいれば別のレジに行くこともあります。


「研修中」のワッペンがあれば「がんばってね・・」といった気持ちでいられる時もあるけれど、時間のないときもある。厳しめな言い方をすると、顧客にとっては、「研修中」であっても、対価を払っているので、それなりのサービスはしてほしいのです。

あなたが「アルバイトだけれど・・・」と内心思っていても、お客様にとっては社員としてしか見られていない、ということは意識しておきたいものです。顧客と対面する接客のバイトならば特に気をつけたい部分です。

実際にお客様に接することのない仕事であっても、アルバイトだから、いいかげんな仕事でもよい、
と考えてバイトを採用している会社は1つもありません。まじめに働いてくれるひとが選ばれます。

アルバイトで採用されたなら、はじめての仕事ならば当然ミスをするものです。そこで、少しづつでもいいので、失敗しても、できるようにしようと思って努力していく。こうしたことができればいいのです。

時給が高いアルバイトは、会社からあなたにもとめられるものが多いということ。成果も期待されている。厳しい経験をしてきている方ならば、そうした時給の高いバイトをしていっても期待に応えることができます。

まったくはじめてバイトをするのであれば、時給の低めのバイトからはじめていくのが無難です。

バイトなどをせずに就活して社会人となるととても大変なことになるものです。1日1日が苦労の連続になるかもしれません。社会人での正社員で会社から求められる期待値は時給の高いバイトよりもかなり高いからです。

はじめての社会経験で挫折しないためにも、学生のときにバイトで仕事をしていくことがとても大事になります。できることをしないまま若い時期を過ごすときっと痛い思いを後ですることになる。必ず。

この3日ほど前にこんなことがありました。新宿東口の日高屋さんで仕事かえりに早めの夕食を食べに行きました。出入り口の近くのカウンター席で食事をしていると、ご婦人の方がレジのバイトの中国人留学生の女性に何かを語っている。

テイクアウトがしたいらしい。そのご婦人は日本人ではなくって東洋系の方でした。その方の後ろで会計を待っていたら、そのふたりは英語でやり取りをしています。

中国籍で日本でバイトができるのは学生に限ります。日本語を学ぶための留学生さんがほとんど。バイトの彼女の日本語は日本人と思われてもおかしくないほど流暢な日本語で、わたしが中国人留学生とわかったのは制服の胸ポケットにある名札を見たからです。たしか「ゴ」さんでした。

レジで並んでいて、「すごいナ!」とすこし感動しました。彼女は日本語が流暢で、英語もとってもスラスラで、もちろん世界で一番通用する言語の中国語のネイティブスピーカーなんですね。これからの人生で向かうとこ敵なし、とわたしは思いました。

そんな語学の達人が、日高屋さんで飲食のホールスタッフとしてなかば肉体労働のようなふつうなバイトをしている。

たぶん、採用の面接でも「英語ができますか?」とは聞かれてはいないでしょう。でも、相手が東洋系のご婦人でも「英語なら会話ができる」と即座に判断して、テイクアウトできるメニューに答え、そっと手招きしてわたしの会計をはやめようと気づかってもくれました。

いまの日本企業の総合職のエリート採用ではこうした諸外国の方を積極的に採用する流れが出始めています。たぶん、いまの学生さんにとっては、おなじ日本の就活生よりもこうした日本語と英語ができる外国籍の学生さんと競っているんです。

そして日本の企業経営者は知っている。かなり安い給与ですごくクオリティーの高い人材が世界にいることを。

こうしたことを感じ取っている学生さんやその学生さんの親御さんはかなり少ないとわたしは推測しています。だからこそ、学生時代にバイトで、社会経験をしておくベキだと思います。働くことのシンドさと世の中の動きもすこしはわかるハズだからです。

学生のときに友人も作らず、自宅と大学の往復とあとは自宅でパソコンに向かっている、そんな内向きな学生さんにはたぶん、就活で就職することはかなり厳しい世の中にすでになっているんです。

バイトであれば問題はない。でも正社員採用は別格です。人手不足なのだから、採用されやすいということにはなりません。多少は採用されやすい。でも採用基準を落とすと正社員の場合には経営にモロに響きます。

賢い経営者はそうしたことはしないでしょうね。経営者は、なるべく安くって能力の高い人材がほしい。費用対効果が高いほうが経営として喜ばしいことだからです。会社を潰さないために。

そして安くって能力の高い人材がじつは日本人以外にたくさんいることを日本の国内の企業経営者もすでに知ってきている。

学生からいきなり跳び段してしまうから会社員をすぐにやめてしまうことになる。苦労が一機に押し寄せてくるように感じ取るからです。一機に大波をクラって溺れるようなものです。

おなじ世の中、会社でも徐々に階段を登ることで耐えることができます。学生時代にすこし階段を登っておく。仕事の厳しい部分を知って耐える経験をしておく。すると就活して社会人になってからも挫折せず続けていける。学生時代の小さな自信はかなり効く。

してもしなくてもいいのが学生バイトではありません。すくなくとも「サラリーマンになるんだろうな・・」という方なら絶対しておくべきです。「雇われ方」を知っておく。

インフルエンザの予防接種でもありませんけれど、免疫を経験としてもっておく。免疫なく社会に出て挫折すると社会をうらみ、企業をブラック一色で批判してしまうことになる。それじゃ~人生モッタイないんです。すこし話しが脱線します。

ブラック企業の中にも幸せなふつうの社員もいるのだとわたしは考えます。

企業の誰かを批判して良くしてもらうように働きかけていくひとはいてもいい。でもいなくってもいいとわたしは考えています。

なぜならば、こうしたことにはイイ面もあるでしょうけれど、おおむね心が弱いから、ブラックな部分に心が傾き続けていくことになるので運を落とします。人相も悪くなる。カラダにもココロにもいいことはないから人相が悪くなるんです。

(「弱い」というのは、反応してしまうことです。なにかあると驚いたり怒ったり心配してしまうことを「弱い」といいます。勇気があって反抗する、強いものに立向かうことには一種の弱さがある。反応しているからです。すべては本人に自分で気づけて変えていくことができます。

反応しないひとの中には無関心で他人事としている方々がいます。気づいている人はそうではありません。むしろ無関心な人の真逆なところに立っています。)

(国会議員のかたがたで万年野党のかたに人相がよろしくないかたが多いとわたしは感じます。他人の悪い部分だけを考えコトバにしているからです。攻め方が間違っているんです。運を落としてさらに野党の立ち位置が続いていく。)

人生で幸せになる方面ではないココロの扱いかただから、自然の摂理がそうさせている1つの忠告です。運を落とす、人相が悪くなることで。(せっかく綺麗な観光地にきているのに、汚いゴミが気になったり、気分を悪くしていることと同じようにわたしは思います。)

公権力で争っても、世の中が良くなるとは、わたしは思いません。強制して頭を下げさせてみても、ホントの意味はないんではないでしょうか?カンジンなことは自ら「悪いことをした」と本人がわかること。それは、その本人以外にできることではありません。

カンジンといったのは、根本なことだからです。宮沢賢治の雨ニモマケズにある、「北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろといい」の、「つまらない」に通じます。わたしも結局つまらないことにしかならないと思います。(法律を超えた人間のお話しをしています)

他人の行動に何かを要求するには、人生の時間は短いんです。自分でできる部分で完結していいのが人間の人生です。自分を変えることだけやっていけばいい。人生はそれで十全です。初期仏教もそうした考え方です。

すこし深い話しをすると、「自分が正しい!」と思った瞬間からそのひとの成長はとまります。変化できなくなるんです。なぜならば、その時で正しいから。一種の執着。それ以降も森羅万象は変化しているのに、そのままでとまります。自分はこのままでイイ、「他人が変わればいい・・」となるからですね。

(すこし話しがズレますけれど、「自我」とか「真我」とか「魂」とか「本当の自分」というものを発見したと勘違いした場合も、同様にとまります。かなり危ないんです。間違えているんです。自分はバカだと思って変化を恐れず、気づいていくことです。)

異国の地から英語と日本語ができる知的な彼女が飲食店でバイトしている。きっと高い高いハードルを超えてきているのではないでしょうか?もし、彼女と同様の語学スキルがあって仮に日本人だったとする。

こうして想像してみると、日本人であったならば、たぶんかなりイイ仕事につけているでしょう。英語と中国語ができるのだから。彼女は、苦労している。シンドイにちがいない。でもがんばっています。

負けてはいられないんではないでしょうか?

自分のちからに見合ったアルバイトを早めにさがして働く。まずさがすことです。

むりなくはじめること。バイト先の会社にとってもあなた自身にとってもそれが良いとおもいます。