競争社会から落ちこぼれたっていい。日本を出ちゃっても、ぜんぜんかまわない。
いまいるところがあまりにも苦しいのであれば、そこから逃げちゃえ!

『いくらがんばっても、どうにもならない』ってことを知ることは、とても大事なことだと思う。あまりにも疲れてしまっているなら、ちゃんと休む。

心と体を休めて、ちゃんとものが考えられるようになってから、『じゃあ、これからどうしたらいいんだろう』って自分とじっくり向き合えばいい。

自分の中のダメなところを、そんなに恥じることはないんだよ。

肝心なのは、ダメになったら、そこからどう切り返すかなんだから。どうやったら、そこで、『自分なりの次の一手』を打てるかなんだからさ。

自分は将来何をするの?「自分のやりたいこと」ってはたして何なの?
これはちょっと簡単には答えがでない悩みだよね。
でも、「カネ」という視点をもつのが、いちばんシンプルにみえてくるものがあるんじゃないか。

食べていく為、生活費を稼ぎだすための仕事がある。でも、ただ生活していく為、食べていく為だけで精いっぱいの仕事では、人はやりがいや充実感を感じにくい。

『自分がやりたいことがわからない。』という人は、やみくもに手さぐりをするよりも、あなたの夢とかやりがいということと、生活費を稼ぐことの2つの間に自分の落としどころを探してみたらどうだろう。
『カネとやりがい』の真ん中に、あなたにとってのバランスがいいところを探す。

それでも、もし、仕事やはたらくことのイメージがぼんやりするようなら、「人に喜ばれる」ということを考えるといいんじゃないかな。

人が喜んでくれる仕事っていうのは長持ちするんだよ。
自分にとっての向き不向きみたいなことだけではなくて、他人にとって自分の仕事はどういう意味をもつのかっていう視点ももつことができたらいいね。

自分が稼いだこのカネは、誰かに喜んでもらえたことの報酬なんだ。
そう実感することができたら、それは、きっと一生の仕事にだって、できると思う。

「この世でいちばん大事な 『カネ』の話」  西原理恵子著  理論社

以上は、西原さんの言葉でした。
ダメなところから立ち上がるためには、「またダメにならないかな?」という不安との戦いがあります。また苦しみたくないからです。

人生の階段を降りることはとても簡単なことですが、1段1段階段を登ることは、とても骨の折れるシンドイことです。ケツをまくる、というような気合の入れ方ができる、もともと激しい闘争心があったればこそでき得ることでもあります。

こころやさしい人は、どうしたらダメなそこから立ち上がり、階段を登ることができるのか。

ハングリーではない人々ができること。

アルボムッレ・スマナサーラさんの書籍のほぼすべての巻末には、慈しみの瞑想の仕方とヴィパッサナー瞑想についての説明がされています。慈しみというのは、人間の心の中で最高に次元が高い心持です。その方面に自分を向けていく、ことばがあります。

マントラというのは、原語をくりかえしていき、一種のトランス状態に導くことでこころの安らぎをうる方法で、初期仏教の長老のアルボムッレ・スマナサーラさんは、唱えるひとに理解できない言葉を唱えることをヨシとしません。

日本人のために、パーリ語から翻訳したことばを唱えていきます。

時間のない人なら、「生きとし生けるものが、幸せでありますように。」とこの言葉だけを、こころを込めながら、繰り返し繰り返し、声に出しても出さなくても心の中で唱えていく。管理人は朝の出勤時に習慣にしていますよ。

朝起きてからでも、眠る前に布団の中でもいいと思います。正式には、
「わたしが、しあわせでありますように。わたしの悩み苦しみがなくなりますように。わたしの願い事が叶えられますように。わたしに悟りの光があらわれますように。」と3回繰り返します。

「わたしの親しい人々が、しあわせでありますように。わたしの親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように。わたしの親しい人々の願い事が叶えられますように。わたしの親しい人々に悟りの光があらわれますように。」と3回繰り返します。

「生きとし生けるものが、しあわせでありますように。生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように。生きとし生けるものの願い事が叶えられますように。生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように。」と3回繰り返します。

この言葉を繰り返すだけで、こころが落ち着いてきます。ここで、さらに進んで、ヴィパッサナー瞑想をしていく。やり方は、プロの指導を仰いでください。管理にはその立場にありませんが、簡単に説明します。

背筋を伸ばすことがキモです。座禅のようにあぐらをかいても椅子に座ってもかまいません。1分位かけて、背筋をのばした状態で頭を前に出して、骨盤から背骨の1つ1つの骨を意識しながら、徐々に背筋を伸ばしながら、上体を上げていきます。

下腹部に力を入れながら、思い切り勢いよく腹式で息を吐く。次に、思い切り腹式で吸う。これを繰り返し、程なく深呼吸をやめます。

「待ちます。待ちます。」と息ぐるしくなるまで、自然に身を任せます。苦しくなってきたら、息を吸いながら、下腹部に意識を向けて、「ふくらみ、ふくらみ。ふくらみ」とおなかのふくらみを感じます。
そして、息を吐きながら、「ちぢみ、ちぢみ、ちぢみ」と下腹部の感じを感じ取ります。

この腹式呼吸を繰り返します。とても、つまらないんです。人は、いろいろ考える=妄想するんです。初期仏教では、この考えるということをヨシとしません。

ヴィパッサーナー瞑想では、腹式呼吸しながら、「ふくらみ、ふくらみ、ふくらみ」と「ちぢみ、ちぢみ、ちぢみ」を下腹部の感じに集中していく。このときに、あたまに思いが浮かんできます。浮かんで来たらそれに引きずられずに、「妄想、妄想、妄想」と指摘すると、その思いが消えていきます。

浮かんだら、「妄想、妄想、妄想」。最初はこの妄想が沢山出てきます。下腹部に集中できません。昨日言われたこと。子供の頃に叱られたこと。とめどなく浮かんできますが、、「妄想、妄想、妄想」。

日に15分~30分。できる範囲でいいんです。最後に、息を意識しながら「吸います、吸います、吸います」「吐きます、吐きます、吐きます」と繰り返してから、「終わります」と言って終わります。

どの域に達したかがわからないんです。全然代わり映えしていない感じです。それでも、集中できている。すべきことに集中できる。ストレスというのも、ストレスとなる原因を頭の中で無意識に繰り返しているから苦しいんです。
「妄想、妄想、妄想」と消していく術をマスターすることは難しいことではありません。

いつのまにか、こころもちの軽い自分自身を感じていきます。方法が解明されているから、あとはやってみるだけです。グチを言っている周りの人とは違った風景が見えてきます。

管理人自身は、まる1年間程、ダメダメな時期がありました。起き上がれない。なにもしたいことが思い浮かばない。そのときに、この方法には出会っていませんでした。

いまでは、「またダメにならないかな?」という不安がなくなる唯一の方法と感じています。だれにも洗脳されないで、思い通りにあなたをコントロールしていくことのできる方法があります。ひとりでしていくことを長老も勧めて言います。