夜(10/30)のNHKのクローズアップ現代では、やなせ・たかしさんが取り上げられていました。

東北の震災で被災された方々をやなせさんの歌が励ましていた、ということをこれまで知りませんでした。
被災地の方々からのリクエストで一番沢山ラジオ局から流された歌が、アンパンマンのテーマソングであったということです。

「わたしの曲がお役に立てて嬉しい。」と淡々とした表情で語る、在りし日のやなせさんの表情には、気負いはなく、喜びにも理性があり、ご自分も死線を越えられてきた、そしていまも、と物語る眼差しがありました。晩年は、十病人と自ら仰るほどに病と闘い続けた方です。

もうすこし、「明日を拓く言葉」を読み返したいと思います。

やなせさんは、遅咲きの漫画家です。とは言っても、漫画以外のその他のテレビや作詞やラジオなどでは、業界内では、「困ったときはやなせさん」と慕われる程の才能あふれる方でもありました。

「人見知りで不器用。才能も薄く、絵も下手なのに、いろいろなことを頼まれる。」
ステージの仕事やテレビ、ラジオの仕事が頼まれる。そうした時に、「わたしは漫画家なので・・」と断らない方でした。

食べていく為にはなんでも引き受けてきた、ということもあると思います。加えて、依頼してきた方々に喜んでもらいたい、という思いがあったのだろうと管理人は感じます。

困っている人を助けたい、という思いがあった。

難しい仕事や未知の仕事、新しいことに挑戦するのは、すごいチャンスだと思う、と仰います。
「声をかけられたら、『できない。』と断らずに、無理やりでもやってしまえばいいんだ。仕事は、人と人とのつながりで来るものだ。いろんなことをやっていく中でめぐりあう人が、新しいチャンスや可能性をつれてくる。

めぐりあった仕事を誠実にやる。たとえば、アメをつくる仕事なら、おいしいアメをつくることだけを考える。そうしていれば、自然に道は拓けていくものだ。」

「若いひとには、好きなことができる仕事についてほしいといいたい。好きなことなら少々労働条件が悪くても、つらいとは思わない。

絵を描くことが好きなら、画家や漫画家になるだけじゃなく、美術館で働くとか、絵本を作るといった仕事もある。スポーツが好きだけどプロでやれるほどではないなら、スポーツグッズ関係の会社で仕事をするとか、道はいろいろある。

そんな仕事をみつけてほしい。絶えず探し求め、探し続けていなければ、チャンスにはめぐりあえない。失敗を恐れず挑戦してみることだ。

いま自分がやっている仕事だって、それで誰かが助かり、誰かが喜んでいるはずだ。『この仕事は向かない。』『この仕事は不満だ』と、熱を入れずにいたら、一生、そのままで終わってしまう。」

本業の漫画では、アンパンマンがまだ人気になる前には、出版社からは、「こんなものは売れるハズがない。顔を食べられるなどという設定が気持ちが悪い・・」と散々酷評されます。こうして漫画業という本業での実績を上げることができなかった。

「ぼくは、四十歳を超えてもまだ五里霧中で、挫折どころか出発していなかった。」とご自身で仰います。

この言葉には、やなせさんの人生だけではなくて、わたしは40才でもなにもスタートできていなかったのだから、いくつになってからでも人生ははじめられるよ・・、という読者のかたがたへのメッセージを感じます。

ましてや、あなたが20才とか30才代なのならば、まったくスタートをこれから切ることに問題ありませんよ、と。きっとやなせさんは仰りたいに違いない。「もうこの歳では・・」などと落胆する必要などありません!

いい作品をつくると、その作品のファンになる方もとてもいい方がいるものです。

愛媛県の久万高原天体観測館の方でやはせファンの方が、世界ではじめてその小惑星を発見しました。発見者は、その惑星の名前をつけることができます。2つの星には、それぞれ、「Yanase」星、「Anpanman」星と命名されました。

やなせさんは、いつまでも光り輝き続ける、、「Yanase」星、「Anpanman」星を頂いたことが、ノーベル省をもらったよりもうれしかった、と仰います。

あなたが喜ばせるとその喜びが自分に返ってくる、ということなのではないでしょうか?胸の熱くなる、やなせさんとファンの方々との目にみえない絆をわたしは感じます。