昨夜のNHKの7:30放送のクローズアップ現代では、正社員の方々の残業代無支給や月80時間以上の残業を強いる企業が特集されていました。これまでにもそうした企業はあり、過労死となったことがたびたびニュースにもなってきました。

労働基準監督局では、取り締まりを強化する動きが出始めている、ということでした。

わたしも月100時間以上(200時間付近(笑))の残業が何か月か続いていたことがある、そうした経験をしています、厳しさは体験しているつもりです。そのころ職場の責任者は泊まり込みながら月500時間働いていた方もいました。日中に自席でイビキをしながら寝てしまう。そのことを非難する人は誰もいない、そんな職場でした。

24時間働き続けている、そうした同僚を横目に、「お先に失礼します。」といって終電間際の電車で帰宅する、そんな経験もしてきました。翌朝、出社すると、同じ机で、同じ雰囲気で、変わらずに仕事をしている若手社員が、体力的にはキツイながらも、ガンバッテいるのを、頼もしいと感じたこともあります。

過去にわたしが勤めていた会社と請負契約で働いていた知り合いにその後偶然、別の職場で再会したことがあります。派遣の仕事。久しぶりで雑談するとその方は、その仕事に就く前、半年とか1年間、ブラブラしていたとそんな話しをしていました。深く聞かなかったのですが、ハードな仕事なので、リフレッシュする時間が欲しくなる、ということは容易に想像がついたものです。

世間でよくある「リフレッショ休暇」というものとは異質な「深い疲労感で参ってしまったのだな、この職種(SE)ならこの位長期でブラブラしたくなるよな・・」などと思ったものです。

前の職場の後輩で彼女の同期の結婚式で同席したこともある後輩。その彼女の旦那さんが過労死で亡くなった、ということを聞いたこともあります。

人それぞれに、堪えられるリミットのようなものがあるように思います。人それぞれに違うところがあります。

私の場合は、シンドクなるにつれて、身体もこころも環境に対応しようとして事前に引き締まります。ジェットコースターで加速するにつれ自然にバーを握る握力が増すように。そして自然に気合もましていく。寝不足でもなんでも、エイヤーと起きてしまう。体調は良くないハズなのに気合がフォローしてくれて、増々元気になるところがありました。

それでも、毎日終電帰りが続くと、夕方こっそり外に出て食事をしたり、時には遅刻をして体力を温存したり、やりくりをしてきました。根は真面目なのだと思いますが、理不尽な環境では、ずる賢くふるまう本能のようなものが、勝手に動き出します。

環境面が「強烈にずる」なので、こちらが多少「ずる賢く」あしらうことに、恥じらいはいりません。良心の呵責なんて持ちませんでした。押されたら押し返す、本質はそれだけです。

目には目を、となるとこちらが汚れてしまうのでしたくありません。このままだと倒れてしまうので、というところで、体制立て直しを図る、そんな感じで「ずる賢く」なったと思います。うまく立居振る舞う術をそうしたときに学んできたと思います。

ウソも方便でいいんです。

根がのんびり屋で能天気といったこともあるかもしれません。ナーバスな部分もありますが、所詮、シゴトにすぎない、食うためと手段でしかない、といった割り切りの考え方が根っこにあるから、逆に強くなれるのかもしれません。

自分自身がそうした性質なので、なんとかできる、という方面で、これまでの当ブログの内容は統一されてきた、そうした部分の強い話しが多かったと感じています。

番組を見ている最中でも、「いまはどこでもそんな職場だよな~」と思ってみていました。それでも、「待てよ、違うかも・・・。」と番組の途中で見方を変えながら考えてもみました。

自己啓発本とか、会社の上司とか、研修では、できればすべての社員を経営者風にさせたい、といったところがあります。稲盛和夫さんのような経営の神さまの仰ることに似せて、実は、会社経営者側だけのことしか考えていない、そうした企業もあるのでしょう。

最後の追い込みで後何か月で終わる見込みのあるお仕事なら耐えられるものです。、最後の目標が見えているので、シンドさにも期限があるからです。こうしたシンドさなら、なんとかなるということもあると思います。

一方で、異常なことが恒常化しているなら、その状態が終わる見込み、メドがわかりません。ゴールのないマラソン。こうした職場にわたしは出会ったことはないけれどもし、あなたの職場がそうした職場なら、体力的に耐え難いといった場合とか、精神的につらい耐えられない、といったこともあると思います。

どうしても限界だ!!というときには、辞めて、いいんです。

食べていくための手段、てだてのために、死んではいけません。本末転倒です。生きていく手段が災いして亡くなってはいけないんです。

お金のセイで亡くなる必要もありません。借金ってタカダカ金でしかありません。金って人間の生み出した妄想のようなものでしかありません。迷惑かけていいんですよ。ひとり背負い込む必要なし!

わたしはバブルの頃に勢いのあった会社の社長さんでその後倒産し、数十億の借金を抱えているという方と居酒屋で飲んだことがあります。家族は崩壊してしまっていました。でも、有名な企業でハードウエアの技術顧問をして働いていました。明るく元気で冗談を交えながら飲みました。

大変に決まっています。しんどい。愛娘に合えない。でもメールでやりとりしている。娘さんの写真の待受を見させてもらいました。楽しみももっている。

してしまったことはしてしまったこと。今日と明日をなんとか生きていけばいい。

その方の口から語られた言葉ではないけれど、そういうふうに生きていらっしゃる、そのように考えているのだとわかりました。

借金しその返済が滞ると死刑になるわけではないんです。神様から雷で殺されたりもしません。社会から死ぬことを強要されることもない。

「生きてていいいよ」とは言ってはくれないけれど、生きてていいヨ!ということです。

色々なひとがいます。「死んでしまえ・・」という人もいるでしょうか。

いっときの辛抱です。

後はなんとかなるんです、必ず。

真面目で誠実でありさえすれば、必ず、次があります。

サラリーマンの方で、忙しくって、毎日大変で、いよいよ疲れで夜眠れないとか、能力が失速していくというのは、あぶないサインなのだと思います。

たまに職場で、ドンドン失速していくひとも見かけることがありました。リミットを超えてしまったのかもしれません。

体力よりもストレスといったところが1番の原因なのかもしれません。

スリランカの初期仏教のお坊さんのアルボムッレ・スマナサーラさんの書籍には、「人間には感情のリミットがある。」と書かれています。そして、そのリミットを感情が超えると人は死にます、と書かれています。

アルボムッレ・スマナサーラさんは、すべての修行を終えられた方です。初期仏教のプロ中のプロ、とわたしは感じています。どのような有名な心理学者もたちうちできないプロ中のプロ。ココロのそして生命の。

人間はだれでも生きられるようにできている、とも、そのアルボムッレ・スマナサーラさんはおっしゃります。

でも必要でもないものを大事にして苦しんでいるともおっしゃっています。

シンプルに生きる。

するとそれまで大変だと思っていたことが嘘のようにラクに生きられるのかもしれません。

アルボムッレ・スマナサーラさんの初期仏教、テーラワーダ仏教ではお釈迦様ご本人が語った言葉を教えの根本として厳格に守ってきています。

じつは、わたしはこうしたお釈迦様ご本人が語った言葉はいまの21世紀の世の中にはなくなっているのであろうと想像してきました。

でもある時期に仏教に興味をもち、深入りするにつれて、お釈迦様ご本人が語った言葉がしりたいナ、と思うようになりました。

そして、たまたま、スリランカのお坊さんで、こうした初期仏教の修業を終えられたかたが日本に住んでおられることを知りました。そして、偶然わたしの職場のすぐそこに住んでおられました。

初期仏教というのは、日本の学校の教科書では「小乗仏教」と蔑まれてきた側の仏教です。お釈迦様とはインドに実在していた釈迦族の王子であった王様になる地位にあった実在していた人物です。彼は2500年前にその地位を捨ててホームレスになりました。

そのホームレスのお釈迦様の立ち居振る舞いに惚れ込み、語る言葉を聞きたがってインド中のお偉いさんから呼ばれ、出向いていって語られた言葉がパーリ語でいまも経典として残っています。

なにがいいたいのか?

というと「シンプルに生きる」ヒントがありそうだとおもいませんか?

なにかが降りかかる前に、大変な事態になるまえに知っておくとイイことがあります。初期仏教が一番いいとわたしはおもっています。

どこにリミットがあるのかはわからない。たぶん、ひと其々にリミットが違うのではないか、とわたしは思います。なので、大変な事態になってしまったら、ご自分で感じ取る、という以外にありません。

同じ状況でもやり過ごすことができる人もいれば、どうにも進めない人もいる。

「あきらめてはいけない。」という言葉が特に日本人は好きです。大好物です。

でも、ちがうんです。

生きながらえるために、あきらめる。それが正しいときもあります。

向上していない、疲れが溜まるだけで、真っ暗、という場合は、辞めて元気を取り戻す。

そのまま潜水をしていたら確実に死ぬひとがいる。

潜水を中断して、息継ぎのために、浮上してしまうこと。たくさん息を吸って、出直せばいいんです。

キーワードは”自分を自分が一番大切にすること。”

このブログは若い方が多く読まれていますので、将来そうしたことに遭遇してほしくはありません。それでも、万一、やばい、ということが身にふりかかったなら、自分自身で自分を一番大切に守ってください!

その仕事を辞めていいんです。先のことは考えない、でいいんですよ。

あとのことは必ずなんとかなります。