伊勢_夫婦岩

伊勢詣のために2泊しています。仕事がシフト勤務なので交代でお休みを頂くことになっていて、やっと?正月休みの順番が回ってきました。そんな普段は取れない連休を使ってのすこし贅沢な旅行です。(今回もお仕事関連のお話ではありません、すみませんデス)

昨日は宇治山田駅前から内宮へバスで向かい、ゆっくり鎮守の森のとっても濃い空気を胸いっぱいに吸いながら参拝させていただきました。一昨日は外宮で参道の脇にすこし水たまりもあったことから「雨が降ったのでしょうか?」と書かせて頂きました。内宮での参道で排水車が水をまいている。ジャリからでる土煙・ほこりが舞い上がらないように水を撒いていたために砂利道が濡れていたことを知りました。

駐車場からのみちのりでは、中国語ネイティブの団体さんを見かけます。台湾の方なのか中国の大陸からの旅行者なのか?かつての戦争ではかなり神社も関わりがあったけれど、「どのような気持ちでココに来たのかな?」旅行ツアーの1つの行き先なだけで、昔のことには関心がないのだろうか?などの宇治橋を渡りながら考えました。

庭園の立派な松を手入れされている庭師が脚立に上り仕事をされている。どこにもゴミ1つ落ちていません。参拝前のトイレでは女性のご年配の方がちょうど掃除を終えた様子。正宮には立哨されている正装で警備をされている。どのような雇用形態になっているのか気になりました。

参拝ではなにも願いません。お願いしません。「ありがとうございます。」と念じておしまい。(変ですか?)

参拝のあと、賽銭箱の右側にしばしたたずみました。気のようなものを感じ取るために。ジンジン。目頭が熱くなってきます。(自意識過剰なんでしょうか?)なにもないんですけれど、「何かあるのかしら・・」とすこしわたしのまわりに人が集まってしまいました。

内宮2

以前なにかのテレビ番組で北野たけしさんが伊勢神宮で「宇宙を感ずる」といったことをふだんは入室できない部屋に特別に招かれたあとに感想を語られていました。わたしはただただ言葉にならない気を感じ取るのみ。

総じて伊勢神宮近辺の観光の方々は女性が多いと感じました。平日なので、ということ以外に理由があるのでしょう。神社にお参りしたい、と思うのは女性の方に多い動機があるのでしょうか?女性のお友達同士といったかたがたが多かった。男性おひとりのかたがたもいらっしゃりましたけれど、バスの車内でもわたしが泊まったホテルでも女性の比率がかなり高い、そう感じました。

女性は男性以上に決断しなければならないことがたくさんある。悩みが男性よりも多い。そして行動的なのがいまの女性なのだと思います。内宮から鳥羽までのバスの中。ちょうどわたしの後ろの席では数人の若い男女のお友達の方々が座っていました。

途中、右手にハローワークがあって、「ハローワークがあるよ。ココで仕事見つけようかな?」と意味シンなことを語っていた。半分冗談まじりでの会話をされていて、「今年卒業するけれどまだ就職先が決まっていないのか、なにかの仕事を辞めていま離職しているのか・・」と想像するのみ。

仕事をしていない状態で伊勢詣ができる心境は性格が明るいナ!とも思いました。気持ちを新たにするために参拝しにみえたのかもしれません。(友人同志であってもホントの胸のうちは話せない、気づかって明るく振舞うといったことであったのかもしれません)

伊勢神宮のお参りだけをまず、とそれ以外は考えていませんでしたが、海がみたい。

観光案内で頂いたパンフレットの地図で鳥羽に向かいます。降り立つとすぐに雪がちらつき、突風でかなり寒い。腹が冷えている。食事所を探しても魚介の生の料理が多くうどんやラーメン程度の暖かい食事は鳥羽では取れそうにない。バスの周遊券を買ったばかりでしたけれど、電車でいったん伊勢市駅にもどって食事。

伊勢市駅前はもっと雪が降っていました。あたたかい食事で暖まり元気になって、やはり海を見ようと今度は二見浦にバスで向かいます。1日1,000円の周遊券のもとがとれました。二見浦表参道のバス亭で降りて左手にすすみ海岸線の堤防を歩きながら夫婦岩へ向かいます。バスで降りたみなさんは夫婦岩に直行する右側へ向かわれました。すこし青空のまじる空模様。

寒かったんですけれど、海が見たかった。波の音も聞きたかったのでしょう。寒いんですがあまり寒くない。体を温めながらの歩調で寒くなくなりました。久しぶりの潮風と海の匂いがイイ!なにやら元気になっていく。寒さが吹っ飛ぶ。

堤防を歩きたいかたは私のほかにもいて、途中で海外からのカップルがわたしの目の前で堤防に上がって歩き出しました。欧米系というよりもラテン系と思われる背の高い彼と目が合って軽く会釈をされました。

おじぎの文化ではない国からの旅行者は、この旅行のあいだで覚えた日本の風習で挨拶をしてき、わたしも軽く会釈。沖側の空はどんよりと黒い雲で波が荒れている。天気予報では「雷もあるかも・・」だったので自然に足が速まります。そんな雲行きはナンノソノで20Mほど前のあのカップルが堤防のちいさな松の影でキスをしていました。(笑)

沖側から迫っていた黒雲は夫婦岩に到着したころには頭上にありました。波しぶきなのか雨なのかわからない。一瞬夫婦岩にだけ光が射して写真を頂きました。帰路、二見のシーパラダイスのバス亭では女性おひとりの方と小さい坊やの親子にカップル。前の順番だったおひとりの女性は「お先にどうぞ・・」と寒がっていた坊やにバスへ促していました。宇治山田駅でおみやげを買ってホテルへ。

内宮3

ホテルに帰ってテレビをつけてのんびり休憩してすこし寝ました。お笑い芸人のチャンカワイさんがご結婚された記念でお笑い芸人の先輩に導かれながらの開運ツアーといった番組をしていました。そのチャンカワイさんはあの夫婦岩でプロポーズをしたということです。

なにかの願をかけられることはイイことです。決意新たに思いを高める。そうした思いで行動することはその思いを強める。思いが叶うようになる。

わたしはなぜか?お参りでは何もお願いをしませんでした。ふだんはなにがしかの目標とか目的はあります。そういえば、今年の正月、初詣で「何をお願いしたの?」と職場の同僚に聞かれて、「何も・・」と答えると、キョトンとされたことを思い出しました。地元の氏神様へ初詣をしたときにも。

原因と結果という法則があるのでしょう。(山に向かって大きく叫ぶと”こだま”が帰ってくる。そうしたことです。ブーメランのように自分に返ってきます)

異論はあるでしょうけれど、「・・がほしい」と念ずると、その念が因縁になってまた将来に「・・がほしい」と言いたくなる未来の自分を誘発してしまう。こうしたことが原則としてこの世にもある。違和感大有りでしょうか?

「ありがとうございます。」と念じたりコトバにすると、それが因縁になってまた、「ありがとうございます。」と言いたくなるような状態に自分をもっていく、といったことがあるようです。

そうしたことよりも大事なことは自分のココロに素直で正直であることです。なので、ご自分の気持ちのマンマで願をかけてもいいのだと私は思います。人それぞれに道のりが違ったり、心地よい歩調はあるのだと思います。

内宮4

大学を卒業した頃にはまったく神社には関心がありませんでした。むしろ参拝など嫌いな方でした。東京神田の古書店で内村鑑三さんの昔の書籍を探し求めてキリスト教に興味があったこともある。

そうしたわたしが伊勢神宮をお参りするようになりました。かなりの驚きでしょうね、20歳の自分がいまの自分をみていたとしたならば。

社会に出ると演じることでうまくいくことが多いと思います。それでイイんです。でもどこかで素直な自分のココロも大切にして、楽しく自分の歩調をだいじにしてイイ!!

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お会いしていませんけれど、では、お元気で!!