前回の”あ、「やりがい」とか いらないんで、とりあえず 残業代ください 」”という本と平行して私が気になっていることがあります。先月のテレ東の9月23日に放送された”ガイアの夜明け”では”もう泣き寝入りはしない!~立ち上がった”若者たち””という特集がありました。

スポンサーが日経であり日経系のテレ東で、まさかの番組と私には思えましたが、その内容をすこし振り返りながら、前回のブログなども交えて、すこしお話しさせて頂こうと思っています。

大手カフェチェーンで8年半ほど非正規で働き続けかれた30歳の千葉市の女性が、大好きなお店で1年以上働けずにいました。2013年の6月まで働いていたそのお店に番組スタッフと訪れた彼女は、「いまは働けてないです。悲しいです。」と語ります。

彼女は2003年のそのカフェ店がオープンしてから勤務されて、時間帯責任者を任されている、がんばり屋さんです。「最初のお店の立ち上がりの頃には”大変だ”と思うこともありましたが、自分たちでお店を一生懸命に作っているという実感があったから、すごく、やりがいはありました。」と語る。

彼女と会社との当初の雇用契約書には、アルバイトとして3か月ごとの更新と記されていました。2012年3月、会社側からその雇用契約ではない契約に変えたいといわれます。その新たな雇用契約書には、「入社の日から4年で勤務を完了とします。」と書かれていました。

つまり、4年以上は働けないことになったのです。この彼女以外に100人以上のアルバイターの雇用が打ち切られました。労働3法のうちの労働契約法が2012年8月に改正されて、雇用形態に関わらず、同じ職場に5年を超えて働くと正社員として無期雇用としなければならないようになったため、企業側がいわゆる”雇い止め”をしたということなのでしょう。

彼女はこうした労働者の方々のための組合に連絡しその弁護士のかたと会社との交渉をしてきました。たぶん、彼女にとっては、これまで通りに働き続けたい、改正された法律通りに正規社員になりたい、という気持ちがあったのでしょう。そもそも、そうした労働者の雇用環境を改善するための法律改正であったのですから。

番組スタッフは、その大手カフェチェーン店に取材を申し込みます。こうした取材には応じないことで済ませてしまうことの多い企業にあって、取材に応じています。その大手カフェチェーンの当時の人事部長からは、今回の契約変更は、法改正をにらんでやったわけではなく、もともと会社として体制整備を目指してやった。

正社員については定年まで責任をもって雇用しているが、非正規労働者までなそこまでの約束はできない、アルバイトの多くが学生であり、大学生は4年で卒業するので、上限4年が妥当なところ、という。人事部長も雇われの身だとわたしが感じたのは、こうした取材スタッフへの説明の中で、この人事部長が経営トップのことを敬う言葉で語っていたことです。

普通、自社の上司であっても敬語は使わないものですが、テレビを社長がみるだろうから・・という心根が覗き見られ、サラリーマンのサガのようなものも感じました。でも、わたしが同じ立場で家族を扶養していたならば、その人事部長と同じようなことをしていたかもしれません。

そして、番組取材スタッフもジャーナリズム精神によって取材したのでななく、社名で取材しているハズです。いわゆる上司の命令(あるいは承認)というやつです。

このケースについて、早稲田大学法学部の労働法がご専門の島田陽一教授は、

「解雇に関しては、アルバイトだろうが関係ない。(正社員とバイトでも法律が規定している対象としては変わりがない)。今回の彼女のケースは相当の回数の契約更新を重ねているので、特別な事情がない限り少なくとも次の契約更新に向けて、合理的な期待があると、裁判所で判断されると思う。」という見解を述べています。

(ココで番組の主旨がわかりました。この番組は経営者や会社の人事関係者に向けて作られた可能性が高い。彼らに向けられたメッセージ性が色濃いと私は感じます)

わたしには素朴な疑問があります。労働法がどうであっても、世の中には正規社員や契約社員、バイト・パートという分類が普通になされています。(労働法が”神様”ならば、普段のこうした分類こそ違法性が高いとして論じられるベキです。ベキで終わらせると納得したくない方もいるでしょうか?

労働法だけで世の中は回ってはいないんです。経営は大変です。改正労働法でその日からすぐにいきなり世の中は変わりません。徐々に浸透していきます。改正労働法とは真逆のベクトルで動きたい方々もいますし、即応できる方もいていいと私は思います。弱い者いじめは良くないですが、無くならないでしょう?)それぞれにハードルの高さはことなることもわかっていなかったのでしょうか?

22歳のころから働きはじめて、その職場が好きであったのならば、その会社で正規社員になるためには、どのようにしていったらいいか?と考えなかったのでしょうか?たとえば、店長に「このままアルバイターとしてではなくって社員になるにはどのようにしたらなれますか?」といったことは聞けなかったのでしょうか?この大手カフェ店の正規社員の募集内容を調べなかったのでしょうか?

そうしたことを聞き、トライしてみて結果正規社員になれなかったのか?25歳くらいまでであれば十分に間に合ったと私は考えます。それとも雇われやすい立場に甘んじていくことでラクを選んできたのか?(お仕事は一生懸命であったとしても、ソコで居続けることはラクなのだと私は言いたい)

こうした問いかけは、彼女に厳しすぎるでしょうか?でも、いまの日本の社会では、バイトの立ち位置で居続けることは不安定なことということは常識的な事であり、その仕事が好きならなおさら、上を目指すように、そこから自らのハードルを上げていく振る舞い方はあるのだと思います。

今回の番組の主旨は違うんだよ!バイトを正規社員にするという労働契約法の改正がテーマでしょう?とあなたは仰りたい? ごもっとも、なんですが・・・。

今回のガイアの夜明けでの、もうひとかたの彼女は、あるIT企業に就職された方。彼女は2013年にサービス業の会社に新卒で入社しますが、長時間労働に耐えきれず体調を崩し3か月で退社。そして、次こそはということで入社したのがIT企業でした。

コンピュータープログラムを設計したり、ソフトウエアを開発する会社です。その会社は厚生労働省から”若者応援企業”という認定を受けています。2013年11月に彼女は会社研修をうけます。

渡された研修資料には、”ルールは会社側にある”としています。研修ではプログラミングの専門知識を教わります。25日間の研修期間に休日は1日のみ。賃金は支払われませんでした。そして、2013年12月1日に彼女は正社員として雇用契約をしています。

最初の3か月間は試用期間として基本給は18万円。そして、彼女はシステムエンジニアとして働き始めます。

ココまでで、私はかなりの違和感を感じます。1つ目はサービス業の業態はわかりませんが、3か月で退社した方が納期の厳しい世界のIT業界を選んでしまった事です。そして、未経験で研修だけで”システムエンジニア”と企業側が名乗らせたことです。

ITのプログラム開発の世界は、システムエンジニアが設計書をまず作成して、その設計書通りにプログラム言語に翻訳していくのがプログラマーです。最初はプログラマーとして経験してやっとシステムエンジニアを名乗るのが本筋です。転職サイトで簡単に検索するだけでも、プログラマー(アプリケーション系)の給与よりもシステムエンジニアのほうが高いのは、

その仕事がより高度だからです。むつかしいんです。わたしがしはじめた頃には研修担当の先輩からは、「システムエンジニアになるには、自分の背丈位くらいの専門書(平積みして)を読み頭にいれなければなれない。」と言われました。

いまはネットですぐに、そうした職種になるための方法を検索できる時代です。ゲームが好きで自分でプログラムを書いてゲームを作ってしまえるような方がいたりします。そうしたかたになら、可能性はゼロではないでしょう。でも、彼女が入社した会社のエンジニアの養成の仕方は、無謀すぎます。社会的信用を築くことはできないでしょうね。成功できるのは10人に1人もいないでしょう。

彼女の勤務時間は8:30~23:30ということです。ITの世界は私の長くいた世界ですが、こうした勤務時間は普通です。泊まり込むこともありますし・・・。そんな勤務を何十年続ける世界です。慣れると耐性が育まれます。適応しようとココロもカラダも変わります。でも、入社してすぐであったり、前職を3か月で退社されたかたにはムチャだったと思います。

その彼女は2週間ほど勤務して倒れ、2014年の1月29日に心療内科の診察の結果、適応障害と診断されてドクターストップとなりました。そこから彼女は休職しています。(なるべくしてなったと私は思います。厳し過ぎですか?)

彼女は多い時で月に270時間勤務し、研修期間の給与も支払われていません。担当弁護士のかたの見解では、研修期間の無給は論外であり、残業代も労働時間が立証されれば会社側に請求できるとしています。

2014年の8月8日の日本経済新聞には、彼女(24歳)の提訴の内容が報道されました。彼女は再就職先をさがしながら裁判をスタートさせています。

現行法に則りながらなにがしかの行動を起こすことがイイことなのだとも悪い事なのだともわたしは思いません。

今回のように残業代未払いの会社は就職先として避けなければなりませんし、厚生労働省の認定にも問題がありそうです。できれば、ネットでこれから進む業界のその職種は、どのような知識なり適応能力が求められているのかをあらかじめ調べていくことで対策することができます。

今回の番組での1つの懸念は、在籍していた会社とケンカをしてしまうと、その先の雇用先がうまくみつけられるのか?ということです。しっかりした会社では、前職の企業に「今回この方が入社を希望してきているので、御社に在籍していたときの勤務態度をお聞かせ頂きたい・・」ということは普通にあることです。

「実は、いまケンカしておりまして・・・」と言われることになる事にもなるでしょう。こうした意味で懸念は残ります。適応能力がない、と言われたらリスク回避したいと聞いた企業側は思うこともあります。その後に幸せになれるのか?

世の中の理不尽さに対して、どのようにしていくことがイイことなのか?

こうしたことを、わたし自身が自分に問い考えていた時に、心根に響いたのが宮澤賢治の”雨ニモマケズ”(哲学者の谷川哲三さんの解説がイイです。)という1つの短い詩でした。”雨ニモマケズ”を知っていますか?学校の教科書にも載っているでしょうか?

雨ニモマケズには、”北にけんかや訴訟があれば、つまらないから止めろといい”という言葉があります。

宮澤賢治さんは、なぜケンカや訴訟はダメだと考えていたのか?

そのことを繰り返し繰り返しわたしは考えていたことがあります。なぜならば、宮澤賢治さは”全体幸福”についても語られているからです。いまだに宮澤賢治さんの真意はわかりません。

ところが期せずして、初期仏教のテーラワーダ仏教の出家の方で日本に在住されているアルボムッレ・スマナサーラさんの言葉でわかったような気はしています。アルボムッレ・スマナサーラさんがこの日本で一番有名なのはたぶん、”怒らないこと”でしょうか?

怒りたいときに怒らないことはむつかしい。でも、人間の心の成長にとっては一生をかけてやってみる価値がある。じつは、世の中に自分への敵はひとりもいません。敵がいると感ずる自分の心しかありません。世の中や世界という外側に目が向くと、自分のこころのありようが見えません。

その自分の心のありようがわかる方法が実はあります。ヴィパッサナー瞑想という考えない瞑想法です。インドで生まれた実在していたあの釈迦が悟りに至った方法です。

前回の当ブログで登場して頂いた岡本太郎さんは、ひとが死ぬと、いっぺんにすべては無になる、と仰っています。どういうことか?生きていた時のあらゆる悩みが無意味になるということなのだと私は解釈させて頂いています。

では、生きているうちに、無意味な事でとらわれない自分になることはできるのか?

その方法がヴィパッサナー瞑想です。このどのような瞑想とも異なる方法で、数週間でガラッと自分が変わります。本人にはわからないのに、変わってしまうんです。気にならなくなります。いろいろなことが。そしてすべきことに集中できます。心が整います。

今回のガイアの夜明けのタイトルは”もう泣き寝入りはしない!~立ち上がった”若者たち”でした。

でも、泣くこともすくなくして、寝入らないで、考えないことがイイのではないかナ?とわたしは思います。時間がもったいないとも思います。たのしいことやうれしいことになるべく関わっている人生のほうがいいと思うからです。

せっかく観光旅行にきたのに、すばらしい世界遺産を見に来たはずなのに、道路が汚れている、とかトイレが汚いとかといった事ばかり気になったら、もったいないでしょう?

ソレとコレとは違います!ですか?

フランス革命から世界人権宣言が生まれてデモクラシーが生まれた、ですか?

わたしも人類の英知がデモクラシーだとは思っています。でも人類のデモクラシー程度でしょう?

釈迦の”慈悲”って、人類に閉じた世界のお話しではないんです。もっともっと深いんですヨ。

宗教くさい?ですか?

わたしは、特定の何がしかの団体には入っていません。どこかに所属はしていません。村社会が嫌いです。(そのムラの居心地の良さで満足してしまって、本来のコトが極められないことが嫌いです)どんどん脱線してしまいました。戻します。

”考えないこと”ができてくると過去のことをすぐに忘れます。いまないことに引きずられることはイイことではありません、たぶん。なぜならば、今を失敗するんです。成功する、幸せになるには今だけに集中すると早いです。忘れることはイイことです。今に集中すると能力がすぐに高まります。幸せになります。

なるべく次に、はやく駒を進めて、幸せになることができます。理不尽なことをココロネから正す責任は当人にしかありません。周りから改善させてみても、本質を変えていくことはできないんです。(現象を変えてみても、また悪化してしまうだけでしょう?でも、自分のことは自分だけで変えられるんですヨ)