これまでずっと「みんなとおなじ・・」になることばかり教わってきたのに、大学生になってから突然に、

「お前は何になりたいんだ!!」

と問われてみても、すぐに、「ハイ!わたしは○○になります!!」とは行かない。就活を前に、
どこからどう手をつけていけばいいのか?自分がなにがしたいのかがわからない、といったかたがたもとっても多いと想像しています。

今週の日曜日の2/15に大学時代にお世話になった恩師の個展が銀座で行われ行ってきました。ことし85才となる恩師の老画家は昨年までの杖から歩行器を使うよう変わり、それでもしぶとくこの1年間絵画を描き続けていました。数年前までは個展の会期中は、毎日自宅に帰ってまたご出勤?ができていたのだけれど、近年では会場ちかくのホテルを利用されています。

自宅にタクシーで帰宅することもかなり大変でつらいことになり(年を重ねるとだれでも体力が衰えますね)銀座近くのホテルに泊まりながらの個展となったそうです。

(その恩師の老画家については過去ログがあります。興味がありましたら、そちらをのぞいてみてくださいネ!あなたに向けて書かせていただいております。

お世話になった恩師に会うと自分を取り戻すことができます
お世話になった恩師に会うと自分を取り戻すことができます2

例によって、大学時代のOBOGが集まって銀座の居酒屋で飲みました。年若くして結婚した後輩のOGには3人の息子がいます。下の二人はアニメーターになった。長男は大学を来年卒業するけれど、「なにがしたいといったものがないの」と彼女は話していました。

そういえば私の大学時代も同じようなものでした。キャリアセンターの部長さんにかなり親しくさせていただき、その部長さんが勧める会社に入社しました。かなりラクラクな就活です。わたしのゼミの教授からある日、「都市銀行に就職したいひとはいるかな?」と希望をとっている。

民法の世界では顔のしれているその教授のコネクションで就職できるワクがあったのでしょう。わたしのゼミから銀行員になったヤツもいます。かなりオチャラケタ遊人風であった彼は、入社を前にして新人研修が大変そうでした。

わたしはというとその民法のゼミの同級生とキャリアセンターの待合室で雑談していた際に、「これからはSEの時代だから・・」と力説していた彼の言葉の影響をモロに受け、システムエンジニアになることにきめていました。ホボこの彼のこのひとことによって私の志望職種が決まります。

ゼネラリストではなくスペシャリスト(専門分野をもつサラリーマン)の道のりです。
新卒で入社した会社を5年で退社してその後、わたしはかなりいろいろな仕事をしてきました。それでもいまだに生きていられるのは、ある程度の専門分野が自分にあって、時代にもその需要があったからなのだと思います。

その「これからはSEの時代だから・・」と力説していた彼の就職先の会社は大きな会社でしたけれどほどなくなくなりました。そしてこのわたしはかなりその仕事で生きていった。世の中は酷かったりもしますけれど、どうなるかわからない分おもしろい。「いま幸せだ・・」と思えるからソウ思えているだけなのかもしれません。

今週、テレビ東京の番組で、終電を逃した方に交渉して自宅までタクシー代をもつかわりに自宅で本音トークをさせてもらうという番組をみました。その取材に応じた彼女はアナウンサー志望でスポーツのマネージャーをしていた学生さんでした。六本木で就活中にお友達になった方々と飲んでいて終電時刻が過ぎてしまったかた。

彼女は、就活ノートを番組で披露していて、10冊以上はあったと思います。女子アナになることのためにあらゆることを実践されていました。あらゆるテレビ局での女子アナの所属(ニュース、スポーツ、バラエティーなど)部署を分析して「ことし取りたい女子アナ」の部署はどのあたりか、と分析して「ほしい女子アナ」を演じきる徹底ぶり。

彼女は中学高校時代からその女子アナになる夢があった。いまの若い方がたの中にあってはかなり特殊な部類の、明確な目標のあるタイプ。「うらやましい・・」と思われるかたも多いでしょうか?

その彼女はすべての女子アナ採用試験に落ち、べつのお仕事の会社に内定しことしの4月から働き出すのだそうです。「アナウンサーは諦められない・・」という彼女が、それでも職を得て働き出す、その大人の選択を「偉い!!」とわたしは思います。

明け方まで続く番組取材でスタッフさんに朝食を、とご飯を炊き食事をすすめる彼女は、どのような職についても幸せになるであろうとわたしは確信します。(夢が叶えられない苦しみがヒトを優しくすることがありますネ)

美大のたしか芸大生の卒展を山形から見に来ていた女学生のお友達2人が終バスを逃し途方にくれている。翌日はレポートを書かなければならない、ホテルに泊まる持ち合わせ(お金)もない。結果、片道10万円以上のタクシーに乗った彼女たちは取材を応諾していました。

「わたしホントに頭が悪くって・・。自分ができることは絵を描くことだけで。でも2浪でも落ちたときにはショックでした。」それでも「絵しかない」彼女は山形の美大を受けその大学に通いたぶん今春卒業する。

「好きな絵を書いて食べていければ・・」という彼女の語り口は正直で、他人と比較してるフウでもない。食べていけるわずかな収入であっても絵が仕事になるのならばなんでもしていきたい、といった希望を番組で語ってくれました。

「絵で食べてくのは大変だよな・・」と思わずわたしはテレビに向かって話しました。

2/16が最終日。恩師の個展でのこと。東京の美大生の日本の彼女が通訳で、日本を案内してもらっているオーストリアからの美大生?3人が、その個展会場に足を運ばれました。彼女たちのファッションそのものがカラフルで綺麗でかわいいお人形さんのよう。彼女たちと恩師先生は通訳を介して話をしていました。

自分の作品を前に「一生懸命に絵を描いてもお金にはならないネ~~」と恩師先生。通訳で知って笑いながらのあと、彼女たちは、

「どの国でも同じですネ!絵の世界で食べるのは大変です。・・」

とっても有名な絵かきの絵をみることもできる銀座の画廊がたくさんある中で、恩師には失礼なんですけれど、そうでもない、なんていうことでもないちいさな画廊を外からみて、「ココに入ってみたい・・」と思ったであろう彼女たちの感性は想像するのみ。

「お金だけが大事なのが人生ではない」

といったことが日本の老画家とオーストリアの3人のかわいらしい彼女たちとの共通した価値観としてあったのだと私は傍らで聞いていて感じ取ります。たぶん2度とお会いすることはないであろう彼女たちのこれからのしあわせを願いながら。(私の胸の内が聞こえていたら、「十分に幸せであり続けますよ。」とでも言われそうなシッカリとしたお人形さんでした)

苫米地英人さんのご著書は2冊程度しか読んでいませんけれど、苫米地英人さんのMXテレビのレギューラー番組で彼は、

「『何の仕事につく』その職種に就くことは目標にはなりえません。そこを間違えているんです。『どのような』アナウンサーになりたいのか?といった『どのような』だけが目標になります。」と語っていらっしゃります。

極端な例でお話しすると、「アナウンサーになれさえすればどんなアナウンサーでもイイ!」という目標設定では必ず失敗する、と
苫米地英人さんは言いたいのでしょう。たとえその希望するお仕事に就けたとしても本人のしあわせはソコにはない、とも言いたいのだと私は思います。(テレビでの女子アナ志望であった彼女を批判したいのでなたくって一般論でお話ししていますヨ)

どのようなサラリーマンになりたいのか?
どのようなアナウンサーになりたいのか?
どのようなエンジニアになりたいのか?
どのような画家になりたいのか?
どのような介護士になりたいのか?
どのような看護師になりたいのか?
どのような医者になりたいのか?
どのような美容師になりたいのか?・・・

この「どのような」は学校では教えてくれません。だれからも教えてもらえないのかもしれません。そしてさらに世間では、「医者になるように・・」とか「結婚しなければ」といったマーキングを大事なようにしていますネ。

「どのように生きたいのか?」

こうしたことは社会に出ていくことでじょじょに感じ取れることなのかもしれません。わたしには学生時代を振り返ってみても、ソコが見えてはいませんでした。でも社会経験を経て振り返ってみると今では「どのような」といった自分の個性がよくわかります。

前回の当ブログで紹介させていただいた、太田芳徳さんのご著書「本当の『就活』の話」では、「大学生がいきなり自己分析することは危険だ」としています。

働いたことのない学生が就活をするのであれば、自己分析よりも、まず、たくさんの企業を見ること、たくさんの仕事を見ることから始めるべきである、

そうした中で、「この仕事は自分もたのしくできそうだ」とか

「この会社で働いている人が素敵だな」とか

「この部分は自分には大変そうだけれど、まあ我慢できる。」

といったアプローチが大切なのだとおっしゃります。

話しがすこしもどります。

じつは、あなたのこだわりたい部分は、苫米地英人さんのおっしゃる「どのような」にしかありません。

社会経験が増えていくたびごとに、「どのような」が見えてくるものです。バイトなどをしながらわかっていくのだと思います。そしてじつは、あなたがどのような人生になってどのような仕事で生きていても、いつでもこの「どのような」が活かせます。

女子アナ志望であった彼女がたとえば百貨店で販売員の仕事であったとします。でも、「どのような」女子アナになりたかったか?があれば、「どのような」販売員になりたいか?でいかせて生きていける。違和感大アリですか?でもそうなんです。

この「どのような」は職種が変わってもどのようなあなたであっても叶えることができる。

「どのような」があなたの本体なのかもしれません。

さきほど、「この「どのような」は学校では教えてくれません。だれからも教えてもらえないのかもしれません。」とお話ししましたけれど、それは「勉強」とか「学習」というくくりの外にならあるものです。

ちいさなころのご両親であったりおじいさんおばあさんからの言葉や生きる姿、気のあう学校の先生からの、普段の授業から外れたどこかで、影響を受け自分に取り込んで知らぬ間にそのことを大切にしている、といったかたがたも多いと想像します。

「どのような」自分なのかをザックリ理解する。そんな程度の自己分析をして、さっさと外に出ていくのがイイと思いますヨ!

(深堀しすぎてしまって「魂」とか「本当の自分」といった世界には行かないことをオス勧めします。魂も本当の自分などもないからです!!ないものを追い求めることはコッケイです。

人気アーティストの歌の歌詞に「永遠」とか「言霊」とかスピリチュアルなコトバが流行っていても、その歌は1つの演劇の世界のような想像の世界として止めておく。そこから変な発展をさせてあなたの心根に取り込んでニセモノを信じてはダメです。引っ張られないでくださいネ。ないものをあることのように理解してしまうとバカになるんです。たぶんソレは洗脳の一種です)

(外に出ることがおもい通りにできない、といった方には過去ログがあります。ぜひご覧になってみてくださいネ!自己創造の原則 ジョージ・ウェインバーグ 加藤諦三訳