いまさら?感がありますが先月どこかのテレビ局で、宮崎駿監督の”千の千尋の神隠し”を放送していました。ご覧になった方も多いことでしょう。

わたしは千尋が仕事について独り立ちしていって、少しづつ大人になっていく様としてみました。学生さんが社会に出たときに感ずるであろう感情を表現しているように思えました。そして、不安でいっぱいで泣き出したときの千尋の感情は、社会に出る前の就活生の気持ちそのものではないでしょうか?

そこから徐々にたくましくなっていく千尋を描いたこの作品には、社会へ羽ばたいていくためのヒントが散りばめられています。みなさんはいかかご覧になったでしょうか?

はじめてのバイトのときでも、就活中に社会人のかたがたにお会いしていくときでも、企業に就職したてのときにでも。千尋が両親と離れ離れになって感極まって泣き出します。”一人ぼっち”の孤独と不安の中、泣き出したくなるような感覚は誰にでも1度はあるのだと思います。わたしにもありました。

わたしはいろいろな仕事をしてきましたが、どの職場でも最初のその企業での現場責任者には一種の違和感が必ずあって、すこしおぞましい怖さのようなものもありました。”釜爺”のあの感じって、知らない職場で出会う職場の上司そのものです。

油屋のボイラーの釜炊きをしていた”釜爺”は、初対面の千尋にとって、”おぞましい怖さ”があったハズです。仕事を得るために出くわす企業の人々を”釜爺”は象徴しています。

働き出したときには決まって必ずあのような感じの人がいるものです。それまで家族や友達と仲良くしていくことが普通のことであったのに、その”したしみ”とはまったくことなる人々と接するとき、ひとは”釜爺”のような存在を目にする。

主導権は完全に釜爺に握られている。ただただ千尋は仕事をさせて欲しいとお願いする。こうした場面は社会に出るまではありえない、まったくはじめての屈辱的なこと、プライドを捨てること。家族や学校の友人との間では、あなたが一方的に”こうして欲しい”とへりくだることはなかったハズ。でも、これからはちがう。そこからは違う。

社会に出て生きていくためには必ずしなければならないことは、釜爺に向けた千尋の言葉や態度にあらわれている。ただひたすらお願いしていく。断られても断られてもお願いしていく。

断られて意気消沈しているとひとはムシャクシャしてまわりに当たり散らしたいような感情が芽生えるものです。そうした孤独と不安の中でも、これまでに学生(子供)の頃までにイイと思っていたこと、それを勇気を出してやってみる。”人への優しさ”があると道は開けていく。

千尋は釜爺の部下のように黙々と働いている”チビ”にやさしく接しました。釜爺が”チビ”とよんでいたちいさな黒い虫たちも、千尋にとって得体のしれない存在だったハズ。好きか嫌いか?と言われたら決して「好き」ではないような存在がチビだった。初対面でチビ達がどのような感情を持ち合わせているか知れない。

でも、そうした得体のしれないチビ達にやさしいココロ使いをして、やさしい言葉をかけていく。すぐには仲間になってはくれません。でもちゃんと聞き分けて、千尋が敵ではないらしいと、わかってもいる。チビ達は千尋が自分たちにやさしいことをわかっていた。

社会の色々な場面で、どのようにあなたが孤独で不安であっても、自分の周囲のひとにやさしく接することであなたが救われることを教えてくれています。身近な、でも得体の知れない違和感大アリな人々に(思えていても)、友達に接するようにやさしく接していくことで、仲間が確実に増えていき、いずれあなたを助けてくれることもある、ということを教えてくれています。

働くことが許され、釜爺が働くボイラー室から離れるときに、先輩のおねえさんが厳しく千尋に言いました。「世話になったんだろ、挨拶しないのかい!」と。そこで千尋は釜爺にお礼を言って頭を下げます。挨拶はとっても大切だと教えてくれている。もうすでに、おねえさんは千尋を迎え入れている。

そうして素直に習っていって、結果、釜爺は千尋の味方になってくれました。あなたの職場の上司も釜爺のようになってくれるものです。

すこし乱暴な言葉使いであっても、立ち居振る舞いをうるさく文句を付けられているように感じても、うるさいように感じられていても、そうした職場の先輩は千尋が生きていく上で大切はことを教えてくれているんですネ。

就活などでは受付でも面接で部屋に入室するときでも、どのように振る舞えばよいかということが就活セミナーや就活本などにも説明がされています。

これまでにお世話になった場合のお礼の挨拶もある。でも、これからお世話になることへの挨拶もある。もしかしたら、あなたはなぜこうした振る舞い方をしなければならないか、わからないかもしれません。でも、そうした態度を示すことで”お前を仲間に迎え入れよう”と心を許すということがあります。

湯屋にお越しになる顧客である”神様”たち。どうみてもその姿は異様な”妖怪”のようにしか見えません。わたしは仕事で出くわす顧客というものを新入社員は妖怪のように得ないの知れない不可解な存在として感じている、と描きたかったのだと思いました。

接客業で初めのうちは、なにをどのように感じ考えるのかわからない存在。そのように顧客が見えるときがある。はじめて仕事についた新人のときの”顧客へのまなざし”を宮崎駿監督は現代の若者の感じ方をよくわきまえてリアルに描いたのだと思います。

職場の新人は先輩たちが嫌がる仕事を押し付けられることもある。とっても臭い”神様”を湯船に浸からせる役回りを千尋がします。臭くってだれもが嫌う仕事です。こうしたこともどこにでもあるのが世の中なんだ、と教えてくれている。

そうした場面ですぐに、「これっていじめでしょう?!ひどい!ひどすぎる!!」と千尋は怒りませんでした。鼻をつまみながら、でもそうした素振りを顧客に知られないように振る舞いながら、一生懸命にその目の前の顧客に満足してもらうようにがんばります。仕事というのはそうしたものだと言いたかった。

みなさんはカオナシをどのような存在と感じたでしょうか?

「これやるぞ~っ」といって金貨を手に表し、そそのかしている。千尋だけは「そんなものはいらない。わたしには必要ないの」ととりあわなかった。宮崎駿監督が”千と千尋の神隠し”で一番言いたかったことだとわたしは思います。

作家のよしもとばななさんは、自分の作品のすべてに必ずある1つのテーマは”お金は神様ではない”ということなのだそうです。

話しがガラットかわります。

ココのところわたしが感じていること。お金にまつわることではありません。就活の周辺がとっても偏ってしまっていると気がつきました。

人間には大きく分けて2種類の人間がいます。

コトを大事にしたい人と、誰かを大事にしたい人。この2種類。

どうしてもコレをしていきたい。どうしてもこのことを何とかしていきたいという人。なにかの事業を立ち上げたり政治の世界でなにかを成し遂げたいといった人。

もう一方には、そうした事柄はどーでもいい。ただ、この人が好き、という人。「このひとと一緒だったら何をやっていてもたのしいから、何をするか?にこだわらない」という人。

この2種類の人間がいる。

そして問題なのは、仕事の周辺では極端なくらいにコトを大事にすることばかりが言われている。わたしのこれまでの当ブログでも、就活本でも就活関連のネットでの言い分でも、そうしたことばかり書いてきてはいないかナ?とフト気づきました。

”なぜこの業界を選んだのか?”

”数ある企業の中で当社をなぜ君は選んだの?”

”君はなにがしたいのか?”

そうしたことの答え探しばかりしている。

こうしたことはすべて コトを大事にしたい人の物事の考え方でしかありません、実は。

でも、企業に就職する人、している人、これからしようとしている人って、みなさん

”コトが大事!”という方々ではないんではないでしょうか?

なにかが取り立ててしたいといったことがない。いまのご年配のサラリーマンの方々って、社会に出るまでに、コトが見いだせなかったからサラリーマンになったんでしょう?

正確にはその両面をどなたでもあわせもっている。でも多くの方々は、ある程度の範囲内であれば、なんでもします。というスタンスなハズなんです。

唯一、人並みに結婚して・・・という程度。世のサラリーマンはコトより”一緒”を大事にしてきた。

結婚の予定がない人であっても、コトにこだわりの強いひとってそんなにいないのではないでしょうか?

あなたがどちらのタイプかを簡単に見分けることができます。

行列ができているお店に並ぶことが苦にならない方。
ファッションで今年の流行が気になる方も。
ランキングが好きな方も。
大企業志向の方なら確実に。

こうした方は、こだわりがあるようでいて、”誰かと一緒”が根っこにあるんです。

どちらがイイとかワルイの話しではありません。

そこで1つ思うことは、自分に正直に採用でのエントリーをしたり書類を作成したり面接していっていいのはコトが大事なひとだけだ、ということ。誰かと一緒なだけではつまらないんです!こうしたことがしていきたいんです!というひと。そういうひとは自分の思いを正直に出していくとうまくいく。

そうではない多くの方々は、採用側にあわせてご自分を脚色していっていい。正直である必要はありません。だって、コト柄よりも”一緒”が大事なタイプなのだから。

そうしたひとは迷わずに演じていく。

「正直に話してくれるかな・・」と言われる場面であっても。

「肩の力を抜いて、普段の自分でいいんですよ・・・」と言われてもデス。

「ハイ!」と言いながら演じていい、という意味です。もちろん、ミエミエなバレる演じ方ではいけませんが。

どのような受け答えがいいか考えて、相手側、採用者側が喜びそうなことを話していくでいいんです。なぜなら、どのように自己分析したり業界研究してみても、コトがどうしても成し遂げたいというタイプではないのだから、デス。あなたは、誰かと一緒のタイプなんです。

千と千尋の神隠しでは、千尋とハクの”一緒を大事にすること”もテーマでしたね。なにかを成し遂げたいと思わなくっても生きていける。誰かと一緒を大切にすれば。そのように宮崎駿監督は描いていたのだとわたしは思います。