昨年の夏にハローワークに一緒に通って仕事を探したことのあるタイ人(永住権取得者)の彼と久々に会いました。

くわしくは聞いていませんけれど、この1ヶ月ほど故郷にかえっていて、自動車免許を取ったようです。

彼は昨年の7月から戸建の建築の仕事をしています。基礎工事の後に骨組みを組み立てる仕事のようです。ココだけの話しですけれど、値段の安い住宅の基礎と高めな住宅の基礎はまったくちがう。(わたしは不動産業が本業ですけれど、戸建には詳しくありません)

安めの住宅はかなり貧相な作りになっている、のだそうです。彼いわく「地震で潰れそう・・」というのが格安住宅の基礎工事の真相のようです。

格安といっても新築であれば3,000万円以上はするでしょうから、かなりイタイ買い物を人生を賭けてしていくのでしょう。

彼は日本語で送られてくる手紙が読めないのでたまにわたしが読んであげることがあります。役所から健康保険についての通知が届いていたので、

一緒に川口市役所に行きました。彼は正社員で働いていて会社の社会保険に加入しています。普通だと自動的にそれまでの国民健康保険は解約されるハズ。ところが、昨年以前の保険料の支払いの督促状が届いていたので、確認に行きました。

市役所の職員の方にコンピューターデータをくわしく見ていただくと、じつは、昨年結婚した彼の奥さんの分が滞納のようだ、とわかりました。もっと詳しいことは、督促状に書いてある窓口に確認してください、となりました。

彼はいまの仕事につく前には新宿のタイ料理の専門店で働いていました。タイ人にとってはかなり有名なお店なようで、K1に出場していたブアカーオ・ポー.プラムックというキックボクサーがそのお店に来店した際、ブアカーオ選手と肩を組んで撮った写真を見せてもらったことがあります。

たぶん、彼はタイレストランの料理人になりなかったようでしたけれど、昨年結婚して稼がなくてはならない。わたしもすこしお手伝いさせていただいて結局、奥さんの兄弟が勤めている会社に勤めることになりました。

建築の仕事で、たぶん工場生産されているプレハブを組み立てる仕事のようです。かなりの重労働なので、正直わたしは「続くかな?・・」と思っていたのです。仕事をしていない間にかなり太ってもいたので大丈夫かな?とも思いました。朝5:00くらいに起床して出社。奥さんも働いていて自分で朝食を作るようです。休みは日曜の週1日の仕事をまじめに立派に続けています。

会社の社長さんからもかなり気に入られている。新婚旅行をしていないことと、今後の仕事で必要な運転免許もほしいと社長さんが思ったのでしょう。「タイに帰って免許をとってこい。」となったようです。

「社長はイイひとですか?」と聞くと、すこし間を置いて、

「フツーです。仕事中は怒って怖いから。でも普段はやさしい・・・。」

イイ人ですよ、というのが日本人ならば常識的な回答となるでしょうけれど、そこはお国柄なのでしょう。フツーと聞いて、減点部分のフォローをしました。

「仕事は危ないこともあるし、時間までに終わらせなければならないから、怒るのもしかたないね・・・。」と、そんな話しを川口駅下のつけ麺店で食べながら。

人生は思い通りに行くこともあれば、なかなか思い通りにはいかないこともあります。世の中には成功しているように見受けられる方がじつは、成り行き任せで、人から言われるに任せていまに至っている、というひとがいたり、

長期計画を立てながら、中間地点で着実に成果を上げていって実現させてしまう方もいます。でも、すべてがすべてうまくいく、ということはありません。かなり着実で手堅く見える、そのように見える人というのは、影の見えないところで人知れずの苦労や失敗、試行錯誤をしているハズです。

タイ人の彼は、結婚という人生の節目を契機として、どんな仕事でもしていく覚悟をもったのだと思います。日常会話程度の日本語はできても、読み書きができないので、仕事をあまり選べないことを知って、納得していまの仕事に就いたのでしょう。

そうした外国人よりはるかにアドバンテージがある日本人は、すんなりと仕事に就いているのかというと、かなりあやしいとわたしは推測しています。

どの仕事にしようかな・・という以前に「働きたくない」という方が多いのではないかナ?と思うのです。景気不景気に関係なく、働きたくないひとが増えていないかな?と思うのです。

そのような方であっても、このまま働かないままでもいけないから、働きたい、とは思っている。でも、「どの仕事もシックリこない。なので応募できない。」というかたが多いのではないか?とも思うのです。

アタっているでしょうか?

なぜ、応募できなくって、仕事につけないのでしょうか?

こうした方々に共通していることの1つには、「いつまでに決める!」という期限を設定していないことに原因があります。

もしかすると、大きな意味での期限をすでに過ぎてしまっている。

たとえば、新卒での期限。

20才代を過ぎている。30才を過ぎている。35才を過ぎている。40才を過ぎている・・・・・。

なので、なるべく早く決めなければならないのだけれど、決まらない。1つの期限を過ぎてしまって、次の期限を決めていない。

でしょう?

なぜ、急がなければならないのに、急げないのか?というと親が面倒を見てくれているからです。

でしょう?

もしくは、就職したけれど続けられなかった。かなり自信を失って立ち直れない。ほんとうの病気を患ってしまっている方は例外です。

でも、1つの失敗で、そこから立て直そうとはならない。

もしかしたら、プライドが高すぎるのかもしれません。やるからには、ちゃんとした会社に就職したい、というのが高すぎるプライドのことです。

まず働き出す。バイトからでゼンゼンいいとわたしは思います。たとえば、1年以上仕事をしていない人がいきなりスーツを着込んでビシネスの現場で仕事をしていくのはストレスフルなことだと思います。朝起きることもできないひとが、一度にあれもこれもできるハズがありません。

等身大でイイんです。(こういうわたしも1年間元気をなくしていた時期があります。バイトからはじめていますヨ)

巣立たなければならないほど大きくなったひな鳥が、親と同じ体格になっても、巣立たない。鳥に例えることは失礼なことでしょうけれど、わかりやすくいうと、そういうことです。自然ではないんです。

すぐに独り立ちしなくってもいい。でもいずれはひとりで生きていけるようにならなくって、どうするんでしょうか?

決められないひと。決まらないひとなら、やはり、一人立ちする覚悟がないと期限は決まらないと私は思います。

ずっと誰かの子供でいるのはラクですし。親と一緒だと経済的にも精神的にもラクですしね。むつかしいでしょうか。

でも、親の老後の蓄え、老後のための準備金を子供が食べてしまっている。かなりヤバイ状態です。

どうヤバイのか?

とういうと、そう遠くないある日には、親子共倒れ、ということです。

独立して生きるってそんなに厳しいだけでもありません。

自由に生きるってたのしいですよ。家賃払ったり、食費も光熱費もかかるけれど、ひとりの自由は格別です。

ひとりが寂しいという方なら、恋人を探すことにしたっていい。できれば趣味のような好きなことをしていって、その延長線で恋人と出会えるといいと思います。

ふたりで暮らすことを目標にするのがゴクゴク自然なことなのだと思います。