過去ログで、青山フラワーマーケットのお仕事を紹介していたときに、運営会社の株式会社パーク・コーポレーション社長 井上英明氏について書きました。

企業ホームページの社長メッセージに、井上英明氏のこんな言葉がありました。

「ニューヨークの会計事務所を辞めて帰国し会社を設立したものの、正直仕事に身が入らない日々が続き、「何のために仕事をするんだろう?」と悩み続けた時期がありました。

考え抜く中で、「仕事は一生する訳ではなく、人生の一部の時間を割くのであり、仕事の意味を理解するにはもっとロングタームで人生において何を目指すのかを明らかにする必要がある」と思いました。

学生時代にそんな事を考えた事もなかった私は本を読み漁る中で、中村天風さんの”Elevation”という言葉に出会いました。
」。

この井上英明さんのメッセージを読んでから、中村天風さんのことが、とても気になりだしました。

当ブログの本の紹介に登場している、宇野千代さんも、中村天風さんからとても影響を受けていて、そうしたことが著書に書かれています。管理人もこれまでに、中村天風さんの本を読んでいますが、井上英明氏の社長メッセージから気になりだして、書棚から読み返したりする中、中村天風氏の「積極性と人生」という講演を納めたCDを購入してみました。

生前の天風先生の声を聴いてみたかったということと、よいコトバを聞く、繰り返し聞くのが、自分を変えていくのには、イイと単純に思ったからでもあります。

不治の病を治すために、海外の名医を捜し歩き、偶然であったヨガの聖者カリアッパ師に「お前の右胸に、大きな疾患がある。お前は祖国に墓穴を掘りに行こうとしている。お前は死ぬ必要はない。お前は助かる。わたしについてきなさい。」と天風氏はいわれます。激しい訓練の末に、病は完治し、ある体験をします。

その体験に基づいて、日本にもどり、財界、政界、官界など多くの方々にその体験で得た方法を教えていきました。いまでも、天風会では、そうした方法を教えているようです。

CDを何度も、ながら聞きしてきましたが、目からウロコだったことが1つあります。

中村天風さんは、なにが大切、といって、積極性より大切なものはない、といわれます。

そして、悲しんでいる人に対して、同情してさらに一緒になって悲しむということについてです。

同情することは人として正しい。でも、悲しんでいる人と同じ悲しみに浸る、同調してしまうことは、この積極性の真逆になってしまう、と言われていました。

他の人の言葉や行動の中の消極的なものに、自分の心を同化させないこと、と言われます。

ここで、同化されてしまうと、自分自身が悲しむべき人生になってしまうのだそうです。

自分のこころが弱くなるのだ、だから良くない、と仰います。

悲しんでいる人に同情し、時には一緒に悲しむ。
ということは、良いこと、こころやさしい善行為であって、善いことなのだと管理人はこれまで思ってきました。

それでも、この天風氏の言われていることで、少し気になることは、不遇の方に同情されている方々の中には、それまでは活躍されていたのに、その後、不遇となってしまった方も確かにいる、ということです。今回天風さんの声を聞きながら、「そういうこともあるのかもしれない」、と思うようになりました。

経験的に1つ管理人が感じることは、自分がグチを意識して言わないように努めていくと、他人のグチが、ききたくない、イヤな気持ちになってきます。

できれば、遠ざけたい、聞きたくない、と感じます。色に例えたなら、隣でまたは面と向かって、黒い息を吐かれたような、そうした気持ちになります。普段の普通の会話でも、敏感になります。同化しなくない、という感情なのでしょう。

こうした管理人の気持ちは、多分まだまだ、弱いところがあるからなのでしょう。
避けたい衝動というのは、鈍感で同調して同化してしまうことよりもマシ。あながち悪いことでもないのかな、とは思っていますが。

天風先生は、悲しみに同化することを、
1人の人間の不健康、不運命で、2人あるいは3人の人間に、同じような哀れな状態を作ってしまう。同情することは尊いことだが、同調することは、滑稽だ、と言われています。

凄くハリのある声で、気合のこもったコトバで、叱咤激励される、そうしたお話です。

さらに、

取り越し苦労もいけません。自分の運命の墓穴を自分で掘っていることと同じ、ということです。
「さしはたる、事柄だけをただ思え。」という昔のことわざ、このように生きるのがいい、といいます。
取り越し苦労は百害あって1理なし、と断言されます。

スリランカの大学で教鞭をとられて後、日本に国費留学し日本の仏教を学ばれ、いまは日本で一般の方々に、お釈迦様が悟りを開かれたという瞑想の仕方を教えていらっしゃる、アルボムッレ・スマナサーラさんの書かれた書籍には、「人間の感情そのものが汚れているものだ。」と書かれています。手厳しいですね。

天風先生とスマナサーラさんが言っていることに、なにか、似たようなところがありそうだな、と管理人は感じています。