この、「美輪明宏スペシャル」では、宮澤りえさんが美輪さん宅を訪問してお話しを聞かれていました。
「おのれナポレオン」という芝居での天海祐希さんの代役で2日間のみの稽古で本番を迎えた宮澤りえさんをねぎらう会話の中で、試練を成し遂げた後の達成感がとても大きかったということです。

まったく寝る間がなく、男気を出し過ぎて髭がはえてくるのではないか、とご自分が思う程に
必死で稽古をした。そのことが、大変だった代わりにとして大きな自信になったでしょう、と美輪さんにねぎらわれます。
人を支える仕事がしたい☆ベネッセスタイルケア☆

ねぎらわれた宮沢りえさんは、美輪さんにかなり深い質問をしました。
「いちばん原動力になっていることはなんですか?」というりえさんの質問に、
美輪さんは、「使命感です!」と即答されました。

美輪さんが「使命感」に気づかれたのは、小学生の頃で、
戦時中、大村海軍航空隊の特攻隊の方々が戦地に赴く直前
その兵士の前で、慰問で唄を歌われたとき、ということです。

命をこれまでと思っている少年航空兵が、
その唄を聞き終えてから、ひとりひとり
立って敬礼して会場を出ていくのを見ていて、そのときに初めて使命感を感じたといいます。

宮澤りえさんは、こどもに対して、
お仕事を誠実にやっている姿をみせたい、
母親として自慢できる親でありたい、と思っているそうです。

使命感という言葉は、管理人には重すぎます、といった感じです。
役割がこのあたりかな、ということは仕事をしていても意識していますが、
そうしたことを「使命」と思うほどには思っていません、正直に。

使命感ってどういうこと?と考えました。

自己重要感ということばを聞いたことがありますか?
自分は大切で重要な人材だ、と、ひとから思われたい、そうしたこころが
人間にはあって、コミュニケーションする上でとても重要とされています。

「他人から自分の能力を認めてもらいたい。」とか
「周囲から尊敬されたい。」という欲求が、
人間のいちばん強い欲求だ、という人もいます。

この「自己重要感」と「自分の役割」、といったものをドッキングさせたことばが、
「使命感」の要素と管理人は感じました。

そして、どんな人でも、それぞれに使命がある、と美輪さんは仰います。
気づくか、気づかないかの違いがあるだけで、ホントはみなさんにあるもの、なのだそうです。

それでは、どうしたら気づくのか?
気づく方面に向えるのか?

美輪さんは、「気づきを邪魔しているものは、劣等感(コンプレックス)」と言い切ります。
「どうせ、わたしはダメだから・・。」とか、「わたしはだめだから・・・。」
「やっても無駄だしね。」そうしたものが、全部じゃましている、ということです。

遥か彼方感のある、「使命感」という言葉。
このことばを、もうちょっと、平地の、身のすこし上あたりに、下ろして
考えてみたいな、と思いました。

エンターテイメントを生業にしている方の語ることを、そうではない自分の身の丈におろしてみないと、
うまく咀嚼できないと感じたからです。

もしかしたなら、何か目標を1つこころに決めて、し続けると、いつの間にやら、使命のような
ものが、うっすらとわかってくるのかもしれません。女性が子どもを産んで、育てるといったことも
もちろん立派な使命と管理人は思います。少しづつ使命に気づいて母親になっていくのではないでしょうか。

例えば、何かの競技・スポーツをし続けることも、使命といったものにつながっていくのかもしれません。
マラソンで活躍された高橋尚子さんは、なにか使命のようなものを感じていらした方のように、思います。
オリンピックでメダルを取るということに留まることなく、もっと異質な何かを感じていたように思いますが、いかがでしょうか。

何か、人に秀でた才能とか能力がない、といった方。わたしももちろん、そうした一人ですが、そうした普通の人間にとっては、「自分を大切に、大事に日々生きていく。」ということも、使命といったものの入り口になりそうな、気もしています。

そんなことを、いま、「大人の山歩き」というテレ朝の番組の録画を観ていて、感じました。(毎週土曜日6:00から放送していますよ)

この番組ではインストラクターの橋谷晃さんが案内役をしています。
実は、管理人は以前、橋谷さんと山行を何度かご一緒した経験があり、あの頃を思い出しながら、また、山の自然が好きなので、毎週楽しみな番組です。

もちろん、管理人が生徒で、引率して頂いたのですが、冬山でキャンプをした際に、「いつでも楽しくしていることはできるんです・・・。」と諭すような感じで言われたことがあります。いつも自然な笑顔で、人と話しているときに笑顔を絶やすことのない橋谷さんには、管理人が、つらそうに見えたのでしょう。

その言葉の意味はそのときは、ピンとこなかったのですが、たのしい心持でい続ける術を知っている方なんだな~ということは、理解できました。それを知らない自分には、なにをどうしていけばいいのか、わからない、という思いがあったことを、思い出します。

何かの本で、楽しいことがあるから笑うのではなくて、なにもなくても、笑っているから楽しくなるんだ、ということを読んだことがあります。笑おうと決めて、努めて笑顔でいると、面白がって笑うようにしていると、こころが楽しくなってる、ということです。

受け身の笑いではなくて、攻めの笑い、ということでしょうか。

橋谷さんを番組で見ていて、
たぶん、今日も楽しい1日にするぞ!といった意志がある、そんな生き方をされているのだろうと、
感じました。

今日は、北アルプスの乗鞍岳を、俳優の神保悟志さんと安田美沙子さんが登っていました。
面白かったのは、安田美沙子さんが、橋谷さんを評して、「いつも笑っている。」といって不思議そうにしていたことです。神保悟志さんが、「オレ、橋谷さんが笑っていないとこ見たことないよ。そういう顔なんだよ。」と言っていたのも、笑えました。

変わらずの、あの笑顔の橋谷さんは、きょうも、攻めの笑いでいきているな、と、
感心しながら、楽しく拝見させて頂きました。

なにか、誰にでもできそうで、それでも、なかなかできない、
でも、やろうとしたら、たぶんホントは、だれにでも出来うる、
こうしたことが、入口になっていくのでは、と考えました。

そうして、自分を大事にして、大切にして生きていくと、
使命のようなものが、わかってくるのかもしれません。
自分の延長線に他の方々が結びついていくのでしょう。

話しを戻します。
美輪さんの仰った、「劣等感(コンプレックス)」、
「どうせ、わたしはダメだから・・。」とか、「わたしはだめだから・・・。」
「やっても無駄だしね。」そうしたものが、全部じゃましている、ということ。

確かに、思い当たるフシが、ないこともないです。

管理人は、この言葉で、頭をゴツンとやられてしまいました。
しそびれていることが、あるぞ!と。

このところ、この言葉を思い返しながら、使命感の入り口あたりを探そうとしているところです。