太陽の塔先ほど、たまたまぼーっとテレビを観ていて、静岡県菊川市に元Jリーガーの30歳の校長先生が教壇に立つ凛々しい顔を拝見しました。何かのニュース番組のエンディングなので、まったく詳細がわからない。

テロップには「道に迷ったなら、厳しい方を選ぶこと」というその校長先生のお言葉が流れました。その、「迷ったら厳しいほう」を選ぶと言った最初のひとは、芸術家の岡本太郎さんです。

岡本太郎さんは大阪人ならみなさんご存じでしょうか?太陽の塔を制作された世界的な美術家です。でも、日本では評価がされなかった、まったく。美術というテリトリー、日本の美術界では。(岡本太郎記念館)

でも、死後には再評価したほうがイイじゃないかい?ということなのでしょう。糸井重里さん率いるほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)ではかつて永いこと岡本太郎さんを特集していました、キャンペーンのように。大切なことを貫かれた方だからです。近頃では「尊敬する人物」として登場されるお名前でもあります。(ちなみに、就職の際の「尊敬する人物」にはしないほうがイイです。なぜならば破天荒な人物を好く変人とあなたが思われるので・・・)

(元Jリーガーの校長先生は何かの書籍や誰かの言葉を知って自分自身の座右の銘にしたハズで、その出元、発祥のひとは岡本太郎さんという芸術家である、という意味です。岡本太郎さんは哲学者のようなところのある芸術家であったので、特別に言葉を発見できた方です。特別に誰の引用もせずに発明できたかたと言っていい。養女の岡本敏子さんはその岡本太郎さんのことをシャーマンと仰り、私もそうだ!!と思っています)

その岡本太郎さんと親交のあった作家の瀬戸内寂聴さんも、ことあるたびに、「迷ったら辛くて厳しいほうを選ぶことです!」と仰っています。瀬戸内さんは文化勲章を受章されている作家のお坊さん、いやお坊さんの作家です(笑)。でも、この言葉を岡本太郎さんから言われて使っているんです。この言葉に限っては完全な受け売りなかたなのであります。

元Jリーガーの校長先生の金沢大将(ひろまさ)さんは、その岡本太郎さんかまたは瀬戸内寂聴さんの言葉を読んで、知って、感応して、自分の言葉に消化したのでしょう、たぶん。金沢さんに仰ったかたは別人かもしれませんが、その言葉の発祥元は説明したとおりですヨ。

ハタ、とわかりました。「なぜ、厳しいほうを選ぶのか?」なぜ、平坦な無難な道も目の前にあるのに、敢えていばらの道の方を選ぶべきなのか?
ずーっと考えていてよくわからなかったけれど、テレビを観ていて、いまわかりました。

スプレー缶を使い切るためだ!(と上から降りてきました。怖いですか?)

ヘアスプレーでもデオドラントスプレーでも何でもいいんです。中身に役立つ液体やパウダーが入っている。

子供の城その中身こそが人生そのものなのだ!と。(今言われました。上からです。)
厳しいほうを選ぶこと(グットボタンを押す力にチカラを込めること)でそのスプレーの中身の消費量が格段に使い切る方面に動き出す。無難な普通の生き方ではスプレーの中身が使われずに残ってしまう。

「残ってもいいじゃん!だれにも迷惑かけてないよ!!」と思われるでしょうか? 私たちは殺生で生きている。仏教的で胡散臭いですか?でも口に取り込む食べ物のほとんどは命あるもの、あったものです。そうした命をムダ死ににさせない、せめてもさせないために、しっかり生きることは当たり前のことだと私は思います。

厳しい方を選ぶと、カツカツに使い切って人生を終えることができる。

人生は実はいばらの道を選ぶことで初めて動き出す。

実は自死というのは、スプレー缶を使い切らずに缶に穴を空けることなのだといま言われました。とっても無駄です。使うために生まれてきたのに自ら缶に穴を空けて役割が終わってしまう。(写真は、渋谷の「こどもの城」にある岡本太郎さんの作品「こどもの樹」です。元気がもらえる作品です!2015年3月にこどもの城は閉館となるようなので、それまでに見て頂けたらと思います)

話しがガラッと変わります。
一昨日の5/11にめったに見ないテレビの番組「世界の果てまでイッテQ!」をながら見していました。エベレストにアタックしているかたがいることはネットニュースで見かけているのですが番組をすこし本格的に見たのは初めてでした。

腹を抱えて涙を流しながら大笑いしてしまいました。かなり面白かった。森三中の大島「親方」の妊活でのご卒業なので、これまでのダイジェストてんこ盛りの特番のような番組でした。私はお笑い大好きですが、なかなかじっくりとみることが普段ありません。お笑いは好きですか?

久々にハマりました。大島さんのこれまでの冒険(汚れ芸?)のダイジェストが半端なく圧倒的で元気をもらいました。バンジージャンプでは催眠術師が陽転思考に変換して、「怖い」と泣きべその顔から、数分で洗脳された笑顔に変わっていく様が、おもしろい。(でも洗脳の怖さもリアルにわかります)

「こんなことしていいのんかい!!」という驚きと破天荒な面白さ。テレビですから演出もあるでしょうけれど、そうした演出を含めて笑わせて頂きました。あのナレーションの言葉選びだからこそ笑えるということも経験知1あがりました。

バンジージャンプを私もしてみたいと思っているほうなのですが、引退する大島親方が飛ぶことを断念すると、新親方の川村さんが飛ぶことになる。大島親方は催眠術が半効きじまいであったのに、川村さんはモロ完璧な陽転思考で、あっけたく飛んでいく。あっけなさが、これまたセツナイ。

催眠術にかけられて明るい性格と化した後輩を見ている、大島親方と伊藤あさこさん、鬼奴さんが真顔で傍らに演出抜きでマジ泣きしているのに引きずられてついついこちらももらい泣き。

一番本気で泣けたのは、新親方川村さんが引退する親方に宣誓する表情と本気の目ジカラでした。演出を通り越した川村さんの表情で、大島さんは川村さんを正視できなくなった瞬間がありました。

「川村~!おめ~マジかよ?いまはテレビなんだぞ!そこまでマジでやんのか?オレ泣けてくるじゃねーかよ!」と。芸人の世界の裏側の何かが頭にありながらの、何かのメッセージが込められていた。私はソレはわからない。でも何かを伝えていたことはわかりました。わからないけれど、でも、つられて涙がこみ上げました。

何故面白くってひきつけられて元気をもらうのか?

話が突然戻ります。

いばらの道に立ち向かう勇気から元気をもらっている。

ただ、おもしろいダケではなくって、イヤな方面や怖い方面に立ち向かうことだけでも、相当に勇気をもらっている。勇気がない人ほど面白いのかもしれません。足りない栄養を補給するように・・・。

なぜなら、いつも無難で安全は方面を選ぶことが正しくってイイことのように誘惑してくる世の中です。それが人生をつまらなくしている。でも、どうしていいかわからない。勇気の出し方をしらない。出さない方が利口だともわかっている。

親は子に苦労させないように育てたい。もっともです。でも、過剰に危険を回避し続けるとダメになる、子が。多少の傷を負うことで学ぶことがたくさんある。戦国武将はそうしたことを知っていたので実の子を自分では育てず預けまたは外に出したハズです。頼もしく成長させるために。

実は、世の中から洗脳されている。ブルーで気力の萎えた方面の洗脳を心底受けていないか?

実はいばらの道や危険なことが少しある人生を心の底では望んでいて、わかっている。でしょう?

それが正解だからです。

単なる無鉄砲では、飛んで火にいる夏の虫にしかなりません。でも、用意周到に立ち向かうなら、厳しいほうを選んでみると、まったく違った感覚で面白がりながらの人生が始まることもある、と私は経験的にも実感しています。

実はこうした厳しさに対峙すること、特に冒険は今の世の中では一種のタブーです。本気の冒険ならもっともっとタブーです。やめてほしいひとびとがいる。タブー近辺だからこそ、お笑い芸として単純に面白い。

でも、すこし深堀して考えてみると、厳しさにアタックしていく気高さと勇気をもらい、いまから人生を変えていけることを、まざまざと見せつけられてもいる。

就職とか転職とか日頃のお仕事の場面でも応用の効く、大切な何かのメッセージに感じました。思わぬ自分の涙にはココロの芯に響いた証拠がある。あなたはどうですか?

感動したり感応したり涙が出ることは普通にあるものですだれにでも。その中で、芯の部分に響くことを感じ取りましょう。そこには間違いはありません!!

世の中や催眠術師や新興宗教に洗脳されることなく、占い師のロボットになることもなく、あなたの望むような陽転思考をご自身で得る方法について当ブロクでは過去記事がありますので興味がありましたら、こちらもどうぞ!
運を味方にしながら路を切り開いていく方法

らくらく瞑想で夢はかなう 

「運を味方にしながら路を切り開いていく方法」の続編が満載です。お時間がありましたら、覗いてみてくださいネ!そしてやって続けて人生を味わってみてくださいネ。

運を味方にしながら路を切り開いていく方法2
運を味方にしながら路を切り開いていく方法3
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今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)

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岡本太郎さんの「今日(こんにち)の芸術」という著書は、万人に向けた人生の書です。仕事とはどういうものか?のびのびと生きるにはどうすればいいのか?といったことが平易な文章で寄り添うように純粋な心で語られていきます。

私が高校生の頃には、どこにも信じられる大人を発見できなかった。みんな嘘くさい。唯一ウソのないひとと感じたことを思い出します。若いうちに読むとパッと視界が開ける、絶対のお勧めです!!!(書棚にまぎれて探せず終いなので、いまだ「おすすめ本」で書評が書けていません。いつかじっくりと書かせて頂く予定です!)

今回頻繁に「いばら」という言葉が登場しました。ひきこもりの方にとって外出することは相当な冒険であり「いばらの道」なハズです。あまり大上段に振りかぶらず、目の前の事柄で少し勇気を出してみる、というのが主旨ということをお断りしておきますネ!!

ひととの関わりを断っていた、断つことになってしまったということは断食のようなところがあると思います。実際の断食の直後にビフテキなどを食べると簡単に死にます。なので、「いばらの道」も白湯⇒重湯⇒お粥へと、すこしづつがいいんです。焦らなくっていい。着実に蘇ります!!

だんだんでいい。だんだんがイイんです。