昨年亡くなられた邱永漢(キュウ エイカン)さんは、21世紀の今日でもその考え方を参考にしている方々が沢山います。亡くなる前には、あの「ほぼ日刊イトイ新聞」でも特集が組まれ、糸井重里氏が一目置く方でもありました。

台湾に生まれ直木賞を受賞されて、「株の神さま」と度々マスコミにも登場された事業家です。邱永漢氏の「新・メシの食える経済学」からヒントを探ります。

『「お金を大事にしなければお金持ちにはなれない。」まず、小さな金をバカにせず、小さなムダを省こうと努力する。

わずかな収入しかない人が、その中から節約をしてお金を貯める。「日暮れて道険し」と思われるかもしれない。しかし、蝸牛の歩みでも、亀の歩みでも、物のたとえにあるとおり決してバカにはならない。

100万円貯めるには異常な努力がいるけれど、100万から200万、200万から400万といった倍数は、ずっと加速度がついてくる。

倹約をすると、世間も信用するし、金融機関も金を貸してくれるようにもなる。』

株や不動産投資ということを十分に研究してみましょう。管理人は1ヶ月前まで株のデイトレに全く興味がありませんでしたが、数冊本を読んでみて、常勝の可能性アリと思うようになりました。

不動産も株もハジメドキがあります。景気がいいと言われているこのタイミンングから勉強していき、下落したら買う。みんなと真逆で動くことができる人がうまくいきます。違和感大有りですよね?できるだけレアでホンモノの情報に出会ってください。

「退勤時間までに時計を何度も見るような職場よりは、仕事に夢中になって一日がすぐにも終わってしまう職場の方が人をしあわせにする。

そういう職場を選ぶことは、いまのような大不況のさなかでは容易でないと首を振るひともあろうが、人が自分の性に合った職業を選ぶかどうかは、その人が本当に自分のしあわせを追求する気があるかどうかということに関係があって、環境のきびしさの問題ではない。」

管理人の経験でもやはり、興味のあることや好きなことをしていくのが幸せであったと思います。好きな写真の仕事をしている期間は、とても幸せでした。給与の多寡で得をすることが第一という選択の仕方が世間の常識ですが、好きなことを仕事にすると、深く知りたくなりますし、そうしたことが楽しくうれしいことなので疲れません。

もちろん、斜陽産業でそのまま下降していき浮上の手立てが見当たらない会社ではいけません。ニーズがあって自分に向いている仕事、興味が保てることを選ぶといいと思います。

「お金持ちになりたかったら、そのための努力をする必要がある。
それでも、よく働けば必ずお金持ちになれるなら、世の中は働く順序に金持ちになっているハズである。ところが、必ずしもそのようになっていない。

人が欲しがる物が何かをよく研究して、その要求を充たせばお金はいくらでも転がり込んでくる。

何が世の中に不足しているか、どのようなことに人が喜んでお金を払ってくれるか、時代の要求をうまくとらえることができさえすれば、そんなに朝から晩まで働かなくても簡単にお金持ちになれるのである。」

サラリーマンだとしても、顧客が喜ぶサービスとはどのようにしていけばいいか、といったことを考えながらしていくと、徐々に経営系のアタマができてきます。先回りして仕事をしていくと、同じことをしていく上でも余計なストレス(上司からの叱責)から解放されます。

「ピンチというのは人生のリズムみたいなものであるから、周期的に必ずやってくる。

ピンチにおちいるときは、すべてがマイナスに働くから八方ふさがりの感じになる。

ピンチに陥ると、奈落の底にでも落ちているような不安に襲われるが、それは心理的なものにすぎず、必ずどこかで底に足がとどく。ただし、一定の時間待つ必要がある。

ピンチから這い上がるキッカケは、ピンチにおちいる前に考えていたようなところからは生まれてこない

苦しみに鍛えられ、それが薬になってはじめて次の策が生まれてくるものなのである。」

このようなことが書かれている書籍にはめったにお目にかかれません。経験からにじみ出てきた気づきのように感じます。何かをあきらめることで新しい展開でうまくいく、こうしたことを体験してきました。

『ビジネスの世界では、いろんな事情や情報に精通している人が必ずしも成功できるとも限らない。

こんなことも知らないのかという人でも、人のいう事を聞いたり、本を読んだりして、納得した途端にそれがその人の血となり肉となって行動できる人が仕事のできる人である。

時代の動きに合わせて自分の考え方や行動を修正できる人でないと、時代の波乗りはできないのである。

はじめは、恐れおののいて、「はたしてメシが食えるだろうか?」と夜も眠れない日々を送ったこともあるが、慣れてくるに従って、だんだん図々しくなり、壁にぶつかったところから道は開けていくものだと考えるようになった。ウソと思ったら、ご自分で実験してください。

人間そのつもりになったら、案外何とかやっていけるものですよ。』

管理人は若い頃、「感動」ということばの意味を考えたことがあります。よく、映画を見て「感動した・・」という話しを仲間内で聞いていて違和感を感じていたからです。

「感動はしたろうけれど、その感動を映画館に置いてきていないか?」と、自分自身に問うてみる。

感じて、感応して体が新しく動き出す。そこから自分の人生の価値観を変えていく、そうしたことが「感動する。」ということなのだと気づきました。

感動という言葉は軽々しく言えなくなります。映画館を出たら、また同じ日常にもどるなら、それは感動ではない。そう思いながら少しでも何かを自分の身に入れていく。あるいは捨てていく。

行動していくことが、どの時代でも大切ということを改めてこの本から学びました。