わたしは週に2回ほど夜勤勤務もしています。自宅で昼食をとってすこししたら出社して、明朝8:30まで交代なしで休まずにパソコンに向かっていて起きています。たぶん、介護職の夜勤勤務と似たような時間帯の仕事なのだと思います。

同僚には、夜勤勤務の開始そうそうにため息混じりで「ながいな・・・・」とつぶやく方がいたりします。わたしは「長いな・・・」とおもったことがありません。グチ・泣き言は言わないことに決めているので、ふだんからマイナス思考な言葉で話しません。

日常では考えないことにしているので、誰かに聞いて欲しいという欲求が極端なくらいにありません。ひとりで楽しくいられるタイプです。

世の中では「よく考えよ・・・」ということがイイことのように言われていますけれど、じつは人間は「わるい考え」ばかり頭の中を巡らせているもの。なので、「日常では考えないことにしている」というのは「わるい考えを考えない」という言い方のほうがわかりやすいのかもしれません。

マイナス思考な言葉を発しないでいるとマイナスなことを考える回数がかなり減ります。なるべくいまだけに集中して生きているので、いま目の前の仕事があれば、ソレに集中し、急ぎの仕事がなければ、ニコニコしているほうだと思います。

うつ病というココロの病の専門家では私はありませんけれど、どんなに窮地な立場に置かれていても、「わるい考えを考えない」で、マイナス思考な言葉を発しさえしなければ、かなりたのしく生きていけるのだと思います。違和感大アリですか?

ある方法を知っていて生活にとりこむことで病気(うつ病など)にならなくてすむ、そんな方々が過半数以上いらっしゃるであろうと勝手に推測しています。(すでに病気の方は、お医者さんにみてもらうのは言うまでもありません)

では、どのようにしたら、「わるい考えを考えないで、マイナス思考な言葉を発しないでいる」ことができるのか?

というと、初期仏教のお坊さんでスリランカから日本に移住されているアルボムッレ・スマナサーラさんによると、もともと、人間はわるいことばかり考えるように作られていて、だれかに話しを聞いてもらわなければ収まりがつかないような心を持ち合わせている、

唯一、慈しみの瞑想とヴィパッサナー瞑想だけが「わるい考えを考えない」方法だとおっしゃります。おなじことをなんども繰り返すことがとっても大事だともおっしゃっています。その方法をくりかえしくりかえすことで確実にココロが成長するからです。

知識偏重の時代に「では、さっそくやってみましょう」というかたはかなりの少数派になることでしょう。

もちろん、わたしは、コノ方法をしているから考えないようになったのです。

そんな夜勤あけにすこし寝て、夕方間際から公共放送の大相撲を見ていました。大相撲に興味のある若い方はすくないでしょうか?相撲はじつは日本の国技。いちどはほんものを会場で見に行かれるといいと思います。

勝負の前には土俵入りがあります。相撲の世界は年功序列というか、実力序列が厳格な世界です。幕内の土俵入りをみていて思ったことをすこし。

横綱の土俵入りは露払いとカチ持ちを従えていてもひとりで土俵入りをしますね。その横綱の土俵入りの前では大関までの番付のオスモウさんがつぎつぎと土俵にあがって、土俵に一斉に登場します。

拍子が打たれ放送でオスモウさんが紹介されると下から土俵に上がって行きます。なんでもないいつもの風景なんですけれど、この土俵の上に階段をつたって上がる前に、お辞儀をしているオスモウさんとしていないオスモウさんがいらっしゃります。

だれにお辞儀をしているのか?というと、土俵の周囲には4人の審判員、年寄りが座っています。その審判員の目の前に土俵に上がる階段がある。

目上であったり偉い方の前の階段を上がるので、「失礼します・・」ということでお辞儀をされているのでしょう。ふつうはあまり気にしないであろうこのお辞儀をじっとひとりひとりいま見ていたところです。

ボーっと見ていたんですけれど、とってもていねいにお辞儀をしている力士がいたり、ふつうなお辞儀の力士がいたり、そっけないお辞儀の力士がいたりしました。たぶん、その力士のお辞儀には審判員はお辞儀を返す必要はないのでしょうけれど、ひとりひとりにちゃんとお辞儀を返している。

ひとりひとりオスモウさんは「どんな気持ちでお辞儀しているんだろう?」と思いながらわたしはみていました。相撲の勝負とはまったく関係のないことなんですけれど・・・。

相撲の勝負よりもそのオスモウさんの人柄はたぶん、勝負そのものよりも、こうしたドーでもいいところに現れるように感じたからです。

いちばん丁寧なお辞儀をされるオスモウさんからは、「失礼します。」と心で言葉に発しながらお辞儀されています。聞こえます。

力士のみなさんは勝負で地位が決まるシビアな世界を生きています。一日一日の勝負で生活が決定するので、昨晩も今日の作戦を考えている。どのようにしたら勝てるのか?といったことで頭がいっぱい、なのだとおもいます。

勝負の世界。勝敗がすべての世界といいていい相撲の世界。でも勝負で強いだけではダメな世界でもある。

就職の場面で似たような場面は、面接室から呼ばれて、ノックして入室して最初にあいさつする場面でしょうか?

就活生の間にはノックは何回が正解か?といったことで正解があるようですけれど、ココで見られているのは実は、「失礼します。」と心で言葉に発しながら入室している人からはその言葉が面接官に聞こえます。

ココロで思って発しているのか、ただココはそうした場面だから、言っているだけなのか、そうしたことはわかるものです。

就職の場面では、こうした所作振る舞いとこころの置き所がしっかりと見られていて、わかることなので、合否に左右する部分です。

「呼ばれたからきました。仕事の能力はある自信があります。・・」という考え方で面接での話しの内容ばかりで勝負していると落ちます。しっかりとお辞儀で心根が見破られているからです。

では、どうしたらいいのか?

「お忙しい中、お時間を頂きましてありがとうございます。」と心の中で言葉を発しながら、「失礼します。」とあいさつしなければ合格できません。

なぜか?

「お忙しい中、お時間を頂きましてありがとうございます。」と心の中で言葉にしながら、本気で感謝しながら「失礼します。」とあいさつして面接に臨んでいる人があなたの競争相手にいるからです。

さきほど、

「いちばん丁寧なお辞儀をされるオスモウさんからは、「失礼します。」と心で言葉に発しながらお辞儀されています。聞こえます。」といいました。わたしが特別なのではありません。

こうした目に見えないこと(耳に聞こえない声が正しいのかもしれません)が感じ取れるように人間はできています。(感じられない方というのは、感じ取れるOS(オーエス)が備わっている、なのにプログラムソフトが動いていないダケです)

そして、面接の場面では、聞こえる方が必ずひとりはいるハズです。(1つ秀でた能力を持っている方にはこうした感性が備わっていてわかるひとがいるものです。社長さんに多いハズです。目に見えないものが見えるからコソ偉くなったのです。)

「神はディテールに宿る」とは、近代建築の三大巨匠のひとりドイツの建築家ミース・ファンデル・ローエさんの言葉(のちUSAに亡命)。細かいところをおろそかにせず、きちんとしておくこと。ソコをみているひとが必ずいます。

そのちいさな積み重ねが全体となったとき、相手の印象に大きな影響をあたえます。

がんばってくださいネ!!